銭湯の効用
暑くても銭湯は良い。暑いからこそ一日は銭湯で締めくくりたい。
フジタ医師とSさんは代わる代わる次のようなことを話した。
「病院は基本的に『治療』を行う場所ですので・・・」
「特にこの病院は救急指定病院で、慢性期の患者さんを扱うところではありませんので・・・」
「お家にお帰りになっても、一日三度の手助けで日常生活を送ることはできますので・・・」
「有料老人ホームというのもありますので・・・」
要するに、煎じ詰めると、
「これ以上の治療をしないのならば出て行ってくれ。」
ということらしい。しかし、これは僕独りでは決められないので、明日、継母も入れて話をすることで今日は話を終わる。
夕方、病室に来た継母とその話をする。
「とにかく、家に連れて帰っても、私ひとりでは世話できひんし。とにかく、どこでも置いてもらえる病院を捜すしかないなあ。」
と継母が言う。
午後六時に病院を出る。生母の家に戻り銭湯にいく。風呂に入っていると、本当に心の疲れが取れる。最初、暑いからというのでシャワーで済ませていたが、やはり風呂とは違う。風呂には「癒し」の効果がある。生母がトンカツを作ってくれる。トンカツとビールというゴールデンコンビの夕食の後、九時半には眠ってしまう。
八月十日。今日が京都にいる実質的に最後の日だ。夕方の父との別れを考えると、起きたときから気持ちが冴えない。鴨川まで散歩に行く。朝食を済ませ、また寝転がって新聞を読んでいると、
「おはようございます。」
という声が玄関から聞こえる。
「お母ちゃん、お客さん。」
と言って、玄関を覗くと、トモコが立っていた。
「あれ、どないしたん。こんな朝早うから。」
「あなたにお弁当持ってきた。お母さんの分もあるし。」
トモコはサンドイッチを二食分僕に渡した。後で継母に聞いたところ、この辺りでは美味しいと評判のパン屋のサンドイッチとのことだった。
「あれれ、それはそれはご親切に。」
トモコに上がってもらって、少し話す。
トモコは父親を癌で亡くしているが、父親が死の直前に苦しんでいるのを見かねて、何度も生命維持装置のスイッチを切ろうかと思ったそうだ。今の僕には、そのときのトモコの気持ちが理解できた。
風呂上りには生母の作ったご馳走が待っている。