汗をかきたい
白い砂利が夏の太陽を反射する京都御所。
サクラと別れて父の部屋に戻る。今日は暑い。昨日も、一昨日も同じように暑かったのだろうが、今日は疲れてきているのか、特に暑く感じる。父は冷房を入れたがらない。
「おまえとビールが飲みたかったなあ。」
と父が突然ポツリと言った。本当に、その通り。僕ももう一度父とビールが飲みたかった。
余りにも痰がひどく、食物が肺に入ったことが明らかになったので、父はまた絶食絶飲に戻った。熱も出始め、ほぼ三十分に一回、痰の吸引が行われる。何時もながら見ているのが辛いほど、本人には大変な作業だ。血液中の酸素が下がるたびに、酸素マスクが付けられる。食事が途絶え、これで父の身体を支えているのは、ぶら下がっている電解質の点滴だけになった。
六時ごろに生母の家に戻り、銭湯へ行き夕食を取っていると、ロンドンのマユミから電話があった。昨日の夜、ドイツからミリアム、ハリー、ベンがロンドンに遊びに来るはず。マユミからの電話は、彼等は無事に着いたとの連絡だった。ミリアムとハリーは僕達がドイツに住んでいたとき近所の家の娘さんと息子さん。ベンはミリアムの二歳になる息子だ。小さな子が居るので、家の中が賑やかそうだ。
更に一夜が明ける。朝五時半に起きて鴨川まで散歩をする。今日も暑くなりそう。朝六時なのにセミの声がうるさいほど。でも、汗が出るのは嬉しい。ロンドンに住んでいると、散歩をして汗をかくなんてことはない。ロンドンでは夏でも気温が三十度を超えることは滅多にない。したがって、かなり激しい運動をしない限り、汗なんてかかない。Tシャツなんて、汗をかかないから、夏でも、何日でも同じのを着ていられる。日本だと、一日に何回も着替えないといけないけど。
病院へ行く。父の付き添いができるのも、もう今日と明日だけだ。病院へいくと、父が以下の三点を明らかにするよう、病院側と交渉しろという。この「三点」について、父は一晩中考えて、僕が来てそれを伝えようと待ち構えていたことは容易に想像できる。父は昔から「箇条書」が好きな人なのだ。
一、
どうしてナースコールが使えないのか説明して欲しい
二、
どうして絶飲なのか本人に納得がいくよう説明して欲しい
三、
それができないのなら退院させて欲しい
それが父の「要求」らしかった。父が病院側の対応に苛立っているのはここ数日分かっていた。
偶然なのか必然なのか、十一時過ぎにフジタ医師と、ソーシャルワーカーのSさんに呼ばれる。会議室に通された。
日本語というのは難しいと思う。持って回った言い方の中に、相手の真意を見つけなければならないからだ。特に京都弁は。普段、英語やドイツ語のストレートな表現に慣れている僕は、医師とソーシャルワーカーの言葉に一瞬戸惑った。
垂れ下がるすだれが日本の夏を感じさせる。これに風鈴があれば最高。