アイリーンのお葬式

関空を出た乗り合いタクシーは高速道路を走り・・・

 

アイリーンの葬儀のあったのは、七月末の金曜日だった。午前九時半、職場を抜け出し、東ロンドンの墓地まで車で向かう。葬儀は正午からだったのだが、一時間前にもう着いてしまった。車を停めて墓地の中を散歩する。ヨーロッパの墓地というのは明るくて良い。花もいっぱい咲いているし。

ベンチに座って本を読み出す。読んでいるのはバルザックの「谷間の百合」。もう残りのページが少ない。読み始めると、モルソフ伯爵夫人の死の場面だった。重病の父のことを考えながら、友人の葬式に出席し、読んでいる本がちょうど臨終の場面、

「これって、偶然にしてはちょっと出来すぎ。」

僕は呟いた。

向こうから、黒い服を着た男女が歩いてくる。男性が昔の会社の総務部長、マークであることは直ぐに分かった。ベンチから立ち上がり、彼等の方へ向かう。

「ハイ、マーク」

「ハロー、モト。君も変わらないね。」

握手をする。十六年ぶりの再会だ。もうひとりの女性がナタリーだった。

「それで、『会社』からは誰が出席するの。」

と僕は二人に尋ねる。

「僕と、ナタリーと君だけ。」

僕はアイリーンが現役の社員ではなく、数年前に退職していることを思い出した。

葬式の出席者は家族も含め三十人足らず。こじんまりしたものだった。牧師による話の合間に、アイリーンの好きだった歌が鳴らされた。太陽の光に満ちた礼拝堂、流れる明るい音楽、そこに置かれたアイリーンの棺。不思議な取り合わせだった。

彼女は三十六年間日本企業で働いた。それを考えると、葬式に出席した日本人が僕ひとりだけというのは正直意外だった。しかし、日本人の海外駐在員というのは絶えず入れ替わっている。現在も英国に残っているのはドロップアウトした僕だけなのかも知れない。

葬儀が終わって、アイリーンの娘さんと話す機会があった。

「お母さんとは、会社を辞めて以来、十六年間会っていなかったんですよね。」

僕は正直に言った。

「十六年前に辞めた方さえ母の葬儀に来てくださる。それほど母が皆さんから好かれていたということで、とっても嬉しいわ。」

と彼女は言った。

 飛行機が関空に着いた。フラフラした足取りで機外に出る。空港の建物の外に出ると、少しも蒸し暑くないので安心した。寒い国から来た僕にはホコホコと気持ちが良いくらい。正午頃に京都に着く。継母を訪ね、ここ数日の父の容態について話を聞いた。その後、自転車で父の入院する病院へと向かった。

 

・・京都に入ると真っ先に東寺の塔が見えた。

 

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