眺めのいいフランス料理
ランチの後で。ああ、満腹、満足。
「お母さん、何食べたい?」
「フランス料理もええなあ。」
僕は一瞬絶句。
「フレンチ・レストランか、探すのが大変そう。」
僕には厳密に言うと三人の「母」がいて、いずれも健在。産みの母、父親の後添え、そして妻の母である。ややこしいので、それぞれ、生母、継母、義母と呼ぶことにする。継母が今年九十歳になった。「卒寿」である。誕生日ランチは、従姉妹たちが企画してくれたのだが、今回、僕が帰国した時に、遅ればせながら、卒寿のディナーかランチをしたいと思っていた。継母には毎週電話をしている。六月の終わりに、
「お母さん、卒寿のお祝いに、何か美味しいもん食いに行こうや。」
と切り出した。それで、何を食べたいかという希望を聞いたところ、「フランス料理」という回答があったのである。
僕はその後、同級生でずっと京都にお住まいのYさんにメールを書いた。彼女は、いつも飲み会などの段取りをやってくれているので、京都の「美味いお店」については詳しいと思ったから。彼女もよく調べてくれて、幾つかのレストランを紹介してくれた。僕はその中の一つに決めようと思った。念の為、継母の意見も聞いておこうと思い、翌週電話をしたとき、
「お母さん、どっか、行きたい店ある?」
と尋ねた。果たして、継母には行きたい店があった。僕は、その店に予約を入れた。
祇園祭が終わった三日後の昼、二人でその店に行った。店は何と、大学の中にある。同志社大学に寒梅館という建物があり、その一番上がフランス料理店。予約をすれば、学外者でも利用できるのだ。継母は、俳句をやっているが、その先生が、元同志社大学の教授で、先生と一緒に来たことがあるという。「美味しくて、広くて、眺めが良い」という触れ込みで、継母がまた来たいと思った理由でもあると言う。
同志社大学の前でタクシーを降り、ごく普通のキャンパスの建物に入って行く。授業の開始か終わりを知らせるチャイムが鳴っている。エレベーターで最上階に上がると、そこにレストランがあった。
「わあ〜、ええ景色。」
東向きの窓の外には、比叡山、大文字山がそびえ、京都御所などが一望できる。コロナのせいか、店の方針なのか、テーブルの間隔がずいぶん広く取ってある。「料理は目で食わす」と言うが、単に盛り付けを美しいという意味だけでなく、美しい景色を見ながら食べるという意味にも使えると思う。僕たちは、そこでフルコースを食べた。前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザート。結構お腹が膨れた。驚いたことに九十歳の継母もペロリと食べた。
「食べられるのは元気な証拠。お母さんはまだまだ大丈夫や。」
大文字が正面に見えるテーブル。(店のホームページより)