無料の喜び
昔ながらに刈った稲が乾してあるところに風情がある。最近はコンバインだから。
上御茶屋から下りて、庭園と池をぐるりと回るコースで帰路に就く。池の畔も美しい。木の一本一本の形、剪定の仕方まで、綿密な注意が払われていることが分かる。離宮内の田んぼでは、稲刈りが終わり、稲束が乾されていたが、戻るとき、ちょうど脱穀が始まっていた。一枚の面積が極めて少ない棚田で、機械化ができない。任された農家も大変なことだろう。
「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」(天智天皇)
そんな雰囲気。本当に来てよかったと思う。Mさんが、数か月前に申し込んでくれていたことは前にも書いた。今日、旅行者と思われる英国人の夫妻がツアーに参加されている。
「今日、ここへ入る切符を取るの、大変だったでしょう。」
と尋ねる。
「いいえ、昨日、京都御所の案内書に行ったら、直ぐに予約できました。」
とのこと。
「ええっ、そんなんあり?」
Mさんによると、プロ野球のように、「外国人枠」というのがあって、それぞれのツアーで、数人分は、外国籍の方のために、別枠になっており、前日でも予約が可能だそうだ。その他、「キャンセル待ち」というのもあって、予約しながら現れなかった人の代わりに、入場することも不可能ではないとのこと。僕も英国人で通せば、これからはもっと簡単かもね。
紅葉がようやく始まった木々の間を降りて来て、十二時過ぎにツアーを終える。後水尾天皇は上皇になり、最後は法皇になった人だという。
「天皇と、上皇と、法皇は、どこが違うんですか?」
とガイド氏に聞いてみる。
「天皇が『社長』やとしたら、上皇は『会長』ですわ。まだ、会社の運営に影響を持ったはります。『法皇』はもう完全に引退してはって、影響力がありません。」
誰かが聞いた。
「そしたら、社外相談役みたいなもん?」
「そんな力もないと思います。」
と、ガイド氏。後水尾天皇は在位が一六一一年から一六二七年の十六年間、その後も三代の天皇の後見として院政を振るった人らしい。幕府から大量の金銭援助は受けながらも、常に、幕府に敵対する態度を崩さなかった人らしい。
「あ〜あ、楽しかった。有難う。それで、おいくらやったん?」
と、出口で、切符を買ってくれたMさんにお金を払おうとする。
「只なん。」
とMさん。一瞬耳を疑う。入場者は厳しく制限するが、金は取らない。さすがは宮内庁。やることに、筋が通っている。無料と思うとよけいに有難味が湧いてくる。改めてMさんにお礼を言う。(本当は宮内庁かもしれないけど。)
池の傍にある木の一本一本から「メッセージ」を感じる。