京都の道
京都の顔である鴨川と東山。
勤労感謝の日の夜、イズミからの電話があった。
「明日、一緒に晩御飯食べようぜ。七時に『烏丸高辻』に集合ね。ヨーコとヨリコも誘ったからね。」
「まるたけえびずにおしおいけ〜」
僕はそれを聞きながら、電話口で、京都の「わらべ歌」を唄っていた。イズミはヨーコ、ヨリコにも電話をしているという。おそらく、彼女達も、電話口でこの歌を唄ったと思う。
「明日、『烏丸高辻』に集合なんやて。」
と生母に言うと、生母もこの歌を唄った。
「まるたけえびすにおしおいけ」の歌は、京都の東西の通りを、北から順に数えている。
「丸太町」「竹屋町」「夷川」「二条」「押小路」「御池」
次が「あねさんろっかくたこにしき」、
「姉小路」「三条」「六角」「蛸薬師」「錦小路」
最後が、「しあやぶったかまつまんごうじょう」、
「四条、綾小路、仏光寺、高辻、松原、万小路、五条」
つまり、高辻は四条の三つ南の通り、つまり、地下鉄の四条駅で降りて、南出口から出ればよいということが分かる。知っているとなかなか便利な歌。いわば、古い時代に考え出された「カーナビ」なのである。しかし、京都を離れて三十五年、ずっとヨーロッパに住んでいるこの僕が、いまだにこの歌を唄い、しかもそれなりに役立っているというのは、自分でもすごいと思った。
バスで京都駅に向かうときに、僕はそれまで暖めていた持論を、満を持して生母に披露した。それは、
「四条通は他のどの通りより偉い。」
と言うものだ。京都の道は碁盤の目のようになっているので、南北の通りと東西の通りとの交差した場所で地名を表わす。堀川通りと今出川通りの交差点が「堀川今出川」、河原町通りと丸太町通りの交差点が「河原町丸太町」、千本通りと三条通りの交差点が「千本三条」と言うように。
通常、南北の通りを先に言って、東西の通りを後に言う。ところが、四条通だけにはこの「南北が先」のセオリーが通用しないのである。四条通は東西の通りにも関わらず、「四条烏丸」、「四条堀川」「四条大宮」等、先に言われる。つまり、四条通は「別格大明神」、どの通りよりも「偉い」のである。僕はその発見を誰かに言いたくて仕方がなかった。そして、バスの中で今まで暖めていた理論を、遂に生母に開陳した。
バスは、五条通りを越えた。生母は、
「ほな、あれは?」
と指差す。そこには信号機の下に「五条堀川」と書かれた標識が。僕の理論はわずか三十秒で脆くも崩れ去ったのであった。
誰よりも偉い四条通り、四条河原町の交差点。阪急百貨店がなくなっていた。