居酒屋、伏見
今も昔も三条大橋の袂で御所に向かってお辞儀をしている高山彦九郎さん。
勤労感謝の日の前夜、ロンドンで昔の上司だったIさんと一緒に飲むことになっていた。大阪の北浜でお仕事のIさんは、仕事が済んでからわざわざ京都まで来てくださるとのこと。七時に三条京阪の「ブックオフ」の一階で待ち合わせということになった。
金沢で歯の被せ物が取れたので、歯医者を予約し、そこで結構待たされた僕は、自転車と地下鉄を乗り継いで、ギリギリで三条京阪に到着した。地下鉄の東西線を降り、階段を上がって地上に出る。一瞬方向感覚がなくなる。僕が京都に住んでいる頃は、京阪電車はまだ地上を走っていて、三条が終点だった。しかし、その後、京阪電車は出町柳まで延長され地下に潜った。だから、昔の記憶が使えない。高山彦九郎の像が目に入る。このおっさんは、ずっと昔から、京都御所の方角を向いてお辞儀をしている。方向感覚が戻る。
Iさんと会って三条駅のすぐ近くの「伏見」という店に行った。ガラガラとガラスのはまった格子戸を開けて中を覗くと、「コ」の字型のカウンターだけの店は満員だ。
「満員?」
「ちょっと待って、何とかするから」
とカウンターの中のおばちゃんが答える。おばちゃんは、
「そこのおふたりさん、もうちょっと右にずれて。」
などと、お客さんをオーガナイズして順番に左右に動かす。お客さんが順番にずれて行く。すると、満員だと思っていたカウンターに、魔法のように二人分の席が空いた。ちょっと窮屈だが。そこに座り、Iさんと飲み始める。しかし、狭いからこそ、隣の人との「触れ合い」が生まれるというもの。お隣さんとも話をする。新しいお客が入るたびにずれていくので、最初は入り口の近くに座っていたのに、気がつくとだんだん奥へ移動して行っている。
「まるで椅子取りゲームやがな。こうなると、大阪の『立ち飲み』みたいやなあ。」
とIさんが言った。立ち飲み屋は混んでくると、「ダークダックス」のように身体を斜めにして飲むという。
Iさんもここへ来るのは初めて。インターネットで調べて、評価が高いのでここにしたという。本当に庶民的な店。なかなか気に入った。料理のボリュームは満点。酒も刺身も鱧も美味い。野菜のてんぷらのボリュームには参った。何より、おばちゃんがおもしろい。
「お兄ちゃん、奥さんのお土産にサバ寿司持って帰り。」
「俺、今おふくろと住んでるやけど。」
「ほな、お母ちゃんへのお土産や。」
サバ寿司を買わされる。面白い店だった。サバ寿司は翌日生母と食ったが美味かった。
Iさんは京阪電車で樟葉に戻り、僕は地下鉄と自転車を乗り継いで帰った。また誰かと来たい店だ。
ロンドンに帰ると、Iさんからメールが来ていた。Iさんもあの店を気に入ったらしい。
「また、あそこで飲みましょう。」
そう書かれていた。
居酒屋「伏見」。この写真はわざわざ翌日の昼間に撮りに行ったもの。