旅情
京都で「札幌」という行き先を見るとぎょっとする。
鹿児島から戻った翌日、僕は京都駅のゼロ番線で、金沢方面行きの特急「サンダーバード」を待っていた。僕は一週間JR乗り放題の切符を英国で買ってきているので、とにかく、切符が使える一週間は、動けるだけ動かないといけないのだ。これから金沢の妻の実家に向かう。昨日に引き続き、雨が降っている。
ゼロ番ホームには僕の乗る列車の十五分前に、「トワイライトエクスプレス」が入ってくるという。間もなく、深い緑色に黄色い帯の入った機関車に牽引された、同じ色の列車が入ってきた。列車に表示されている「札幌行」という文字が目に入る。ちょっとドキリとして、それでいて胸がときめく。「トワイライトエクスプレス」は昼前に大阪を発車し、日本海側の各線を通り、青函トンネルを潜り、二十三時間走り抜いて、翌朝十時に札幌に着くという、今時珍しい超長距離列車なのだ。
ドイツで駅にいると、時々とんでもない行き先の列車が入ってくることがある。「コペンハーゲン行き」とか「ウィーン行き」なんかはまだ可愛い方で、ときには「モスクワ行き」とか「ローマ行き」の車両が目の前に停まったりする。その度に、僕はそのままその列車に飛び乗ってしまいたいという衝動に駆られる。それを人は「旅情」と呼ぶのだろうか。この札幌行きの寝台特急にも、死ぬまでに一度は乗ってみたいと思う。
「トワイライトエクスプレス」が発車してから、十五分後に僕の乗る「サンダーバード」富山行きが入ってきた。僕の乗った列車は、湖西線に入り間もなく、堅田の辺りで、あっさりと先行の「トワイライトエクスプレス」を追い抜いてしまった。あちらは機関車に牽引された客車、こっちは時速百三十キロを誇る電車、スピードが違うのだ。ここ十年ほどでJRの寝台特急が殆ど廃止になったが、利用客の減少もさることながら、快速の電車特急の間で、鈍足の客車が邪魔になるという理由も聞いたことがある。なるほどと思う。しかし、余りにもあっさりと抜かれすぎ。
「しかしねえ、あんたも『特急』なんでしょ。だったら、もう少し頑張って欲しかったね。」
と僕は呟いた。
「港町ブルース」を歌って以来、どこでもご当地ソングが出てしまう僕。今日は、「サンダーバード」に乗りながら、子供の頃に見たSF人形劇「サンダーバード」のテーマ音楽を口ずさんでいる。
三時前に金沢駅に着き、義父母の出迎えを受ける。金沢も雨だった。それどころか、僕が滞在した三日間ずっと雨ばかり。
「金沢は今日も雨だった。」
これは「ご当地ソング」ではない。外に出られないので、ひたすら水泳とピアノの練習に励む。市営プールは歩いて十分の場所にあるのだが、そこまでも義父が車で送り迎えをしてくれるので、天気が悪くても全然実害がないのだが。ともかく、石川県は雨の多い土地である。
鹿児島中央駅で列車を待つ高校生のお姉さん。「かごしまちゅうおう」と書かれた下には西郷隆盛の顔が。