弁当と傘

北陸はこれからカニに季節。金沢の妻の実家から送ってもらったカニと甘エビを食べる生母と叔母。

 

「弁当は忘れても傘は忘れるな」というのが金沢の習い。実際、日本海側は雨の多い場所だ。特に晩秋から初冬にかけては。西高東低の気圧配置が強まったとき、気象衛星の写真を見ると、日本海上に筋条の雲が現れている。それが次々とやって来るので、雨が降ったり止んだりの天気が続く。大学に入って、最初に金沢に住み始めたときは、そんな天気に驚いた。正直、人間をちょっと陰鬱にさせる天気だ。

金沢から京都に戻って、イズミ、ヨーコ、ヨリコという高校のとき陸上部だった女性たちと一緒に話す機会があった。

「将来は金沢に住むかも。」

と言うと、

「良い所なん?」

と皆に聞かれる。

「そらええ所やで、空気は美味いし、水は美味いし、酒は美味いし、魚は美味いし、でも・・・天気が悪い。」

「それはちょっとね。」

と言う人と、

「そんなん気にならへんやん。」

と言う人がいるのが面白い。

天気が悪くて「良いこと」もある。僕の妻、マユミは金沢の出身である。僕らの住むロンドンも天気の悪いことで名高い場所。太平洋から来た日本人たち、とくに奥さん連中には、ロンドンの天気に文句を言う人が多い。しかし、マユミはロンドンの天気に愚痴をこぼしたことがない。

「だって、金沢と一緒だもん。」

と言っている。これには助かる。天気だけは如何ともしようがないから。ただ彼女の場合、

「それでもたまには天気の良い場所に行きたいよね。」

などと言いながら、時々、ギリシアやスペインに逃げ出してはいるが。

 金沢は海の幸の美味しい場所だ。将来金沢に住むようになったら、毎日でも刺身を食べたいと思うほど。しかし、こんな魚の美味しい場所に育っているのに、義父は魚を食べない。そう言えば亡くなった祖母も、余り魚を食べなかった。

金沢で、義父母と寿司を食いに行った。僕が、興奮状態でヒラメとかタイとかブリとかを注文している横で、父はイカとタコと巻き物ばかり食っている。

「お父さん、小さい頃、魚を毎日食べ過ぎて嫌いになったんですか。」

と尋ねてみる。

「この人の場合は、食べず嫌いなんですよね。でもお寿司屋さんでは安上がりでいいでしょ。」

義母が言った。本当にその通り。

 

久しぶりに顔を合わせた高校の陸上部の面々。この日はヨーコの誕生日だった。