スキポール空港のピアノ

 

ヒースロー空港の「気の早い」クリスマス飾り。

 

KLMのカウンターで荷物を預け、手荷物検査を通り、ヒースロー空港第四ターミナルの免税店街に入ると、そこには早くもクリスマスツリーの飾りつけがあった。

「まだ十一月の初めなのに。気の早いこっちゃ。」

僕は呟く。星型のイルミネーションが天井からは吊り下げられ、人の背丈ほどのクリスマスツリーが立てられ、英国のパトカーのような蒼白い光を断続的に放っている。昨年も、同じ場所で同じ飾り付けを見たような気がするが、昨年僕がここからクアラ・ルンプール経由で日本発ったのは、クリスマスの十日前だった。今年はそれより一ヶ月以上早い。

 義弟のためにスコッチウィスキーを買う。

「あまり煙とピートの味のしない、爽やかなやつない?」

と免税店の女性店員に聞く。

「試してみたら。」

と言われて、試飲用のビンからウィスキーを小さなプラスチックの「猪口」に入れてもらい、三つほど試してみる。その中で一番「爽やかな味」の物を買った。免税店を出ると、クラッときた。時計を見るとまだ朝の七時半。この時間、ウィスキーを嗜むことに身体が慣れていないようだ。

気の早いのはヒースロー空港だけではなかった。四十五分の飛行の後、アムステルダム・スキポール空港に着く。関空行きの飛行機が出るまで、三時間近く待ち時間があるので、寝椅子の並んでいるエリアに行き、そこで横になる。そこでもクリスマスソングが流れていた。

そろそろゲートへ行ってもいい時間になったので、歩き出す。この空港には色々な設備がある。寿司屋、ラーメン屋、カジノ、美術館まである。子供の遊ぶエリアの横に一台のグランドピアノが置いてあった。「スタインウエー」だ。

「お客さんへのサービスのために、時間を決めて誰かプロの人が演奏するんやろな。」

と思いながら、ピアノに近付く。蓋が開いており、その上に何か書いた札が乗っている。曰く、

「このピアノはお客様の楽しみのためにあります。」

「う〜ん、意味深。つまりは、誰が弾いてもええということやろか。」

僕はしばらく考える。意を決して、リュックサックを背負ったまま椅子に座り、ショパンの「ワルツ、イ短調」と「ノクターン、第二番」を弾いた。

譜面がないのでかなりいい加減な演奏だ。弾き終わって立ち上がると、横に居たお姉さん二人が拍手してくれた。

「サンキュー」

そう言って、立ち上がり、歩き出す。後ろから、誰かの弾く「エリーゼのために」が聴こえてきた。

 

当然のことながら、KLMオランダ航空機がいっぱい停まっているスキポール空港。