恒例、最後の儀式
いつものようにきつねうどんを食べて・・・
僕とティエリーは関西空港で乗り合いタクシーを降りた。僕たちは同じパリ行きの飛行機に乗る。チェックインを済ませた後、彼はまだ僕と一緒に過ごしたそうだったけれど、僕は「きつねうどん」を食べるという儀式を済ませるために、
「朝食を食べるから。」
という理由で彼と別れた。今日はその儀式のためにまだ起きてから何も食べていないのだ。
「じゃ、また後で、ゲートで。」
ひとりでうどん屋に入り、熱燗と若鶏の竜田揚げ、きつねうどんを注文する。熱燗の一口目は胃に数秒後には吸収され、身体中に広がっていくのが分かる。アルコールがその後食べたきつねうどんの温かさにより、身体中を駆け回る。もうD君にもらった睡眠導入剤が要らないような気分。
荷物検査を受け中に入る。南ターミナルへ向かうシャトル電車の乗り場でまだ、またティエリーに出会った。
「朝飯は食ったかい。」
彼が聞く。
「うん、出発の前はいつも『きつねうどん』を食べるの。」
「僕は細君と電話してた。きみと、君と奥さんのことも話しておいたからね。」
それは光栄です。
搭乗口で彼と一緒に待っている。パリ行きなので、飛行機の乗客は三分の一くらいがフランス人。
「日本人に囲まれるのに慣れてしまって、周りにフランス人がいると変な気がするよ。」
と彼は言った。僕は笑い出す。しかし、その気持ち、良く分かる。僕もローマやパリやフランクフルトで関空行きに乗り換えるとき、突然大量の「大阪のおばちゃん」たちに囲まれると変な気がするもの。
「ムッシュー・ティエリー・リセール」
突然彼の名前がアナウンスで呼ばれ、彼は搭乗口に行った。それ以来、機内でも、パリの降り口でも彼を見なかった。おそらく違うクラスだったのだろう。英国に戻ったら彼にメールを書こうと思った。短時間だが、お互い随分深い会話をしたもの。
飛行機に乗る前に、イズミの携帯に電話をする。
「今、関空、これから飛行機に乗るわ。」
「まだケベは何千キロ先まで行ってしまうのね。」
とにかく、他人からの仕事を引き受けすぎて、寝る間がなくなる性格のイズミなので、
「無理したらあかんで、身体と相談してやりや。」
と繰り返す。
・・・僕は機中の人となった。ボーイング七七七機の翼。