誰が巫女さん?
嵐山駅には足湯があった。温泉が湧いているの?
北野の「天神さん」と言えば、昨日、これから会うイズミのお母さん、H夫人を病院にお見舞いしたとき、
「イズミの娘のツキちゃんが『天神さん』で巫女さんのアルバイトをしてるのよ。」
とおっしゃった。僕はそれを聞いて不思議に思った。イズミにはふたりの娘さんがおられるが、ツキちゃんはボーイッシュで、どう考えても「巫女さん」というタイプではないからだ。もうひとりの娘さんユメちゃんは、日本的な顔立ちで髪も長め、いかにも巫女さんが似合っている。
「お母さん、それユメちゃんの間違いでしょ。なんぼなんでも、ツキちゃんが巫女さんじゃ笑ってしまいますよ。それに彼女受験ですよ。」
と反論したのだが、H夫人はどうしてもツキちゃんが巫女さんだと言い張る。う〜ん、ひとつ「靴下の謎」は解けたが、新たな謎が生じてしまった。その謎を心に抱いたまま、僕は京福電車嵐山線、通称「嵐電」の北野白梅町駅に向かう。雨がだんだん強くなってきた。
白梅町から一両だけの可愛い電車に乗る。電車には「梅祭り」の看板が掛かっている。電車は等持院、竜安寺、妙心寺、仁和寺と超有名なお寺の前で停車する。この辺り、本当に観光ターゲットの密度が濃い地点だ。一度順番に降りてじっくり見たい気がする。十分ほど乗って、「帷子の辻」(かたびらのつじ)という駅でひとまず終点。「帷子」と書いて僕が「かたびら」と読めるのは、京都に住んでいて、この駅を何度も通ったお陰だ。
その帷子の辻駅で四条大宮から来た電車に乗り換えて更に十分。京都では桜と紅葉の名所嵐山に着く。駅前には人力車の兄ちゃんが客待ちをしており、駅から渡月橋にかけての通りには土産物屋が並んでいる。
「うわ〜、日本の観光地に来た。」
と叫んでしまう。待ち合わせの時間まであと三十分、商店街を抜け、渡月橋を渡り、桂川の向こう岸の阪急電車嵐山駅へと向かう。渡月橋からの風景、今日は雲が低く、山の頂が雲に隠れている。雨の嵐山、渡月橋も、それはそれでなかなかしっとりとした良い景色だ。
嵐山駅から十二時五十七分発の電車に乗る。次の駅が松尾。約束の十三時ジャストに到着。電車の窓から改札口に立っているイズミの姿が見えた。案の定、イズミは僕が桂から反対方向の電車で来ると思ってそちらの方を見ている。僕が反対側、嵐山から来た電車に乗って現れたので驚いていた。彼女とは一年ぶりの再会だ。
「ヨーコは都合が悪くて来られないんだって。」
と言うことで、イズミとふたりで昼食をとることになった。
桂川に面したイタリアレストラン。ごく普通の日本の民家を改装してある。最近京都では古い町家を改装したレストランが多い。あれ、イタリアレストランなのに箸が置いてある。イズミはワインを注文しないで、いきなり食事の注文を始める。う〜ん、これが日本風なのか。イタリアンでは先ずワインを注文するのが、常識だと思っていたんだけれど。
雨に煙る嵐山、渡月橋。