僕の奥さん?

 

きれいな字は正しい姿勢から。

 

荷物を置いてコートを脱いだカサネは、別に嫌がる様子もなく、「看板の字の上塗り作業」を代わってくれた。

「上手いよ!師匠より上手。」

何とか褒めてその気にさせる。しかし、見ていると実際結構上手いし、何より早い。聞いてみると、会社でも掲示板とかによく字を書いて、慣れているみたい。

彼女の協力のおかげで十一時頃からはじめた作業は、一時半ごろには終わった。最後に、染みの出たところに白いラッカーを塗り完成。明日塗料が完全に乾いたら、上から透明のラミネートを被せるだけだ。

「やった〜。」

出来上がった看板を持ってふたりで互いに記念撮影をする。

二時前に、カサネに言う。

「これから父のデイサービスセンターを見学に行くんだけど、カサネちゃんもお祖父ちゃんに会ってくるかい。」

彼女も一緒に来るという。それでふたりで歩いて十分ほど離れたデイケアセンターに行った。中年のおじさんが、若いお姉ちゃんと一緒に歩くのは良い気分。カサネはその時々の流行について色々解説をしてくれる。これも面白くタメになる。

デイケアセンターに着き、職員の方に案内されて父の座っているテーブルに行く。父といつも同じテーブルにいるのは、元校長先生のヤマモトさんと、父と同じく従軍経験のあるヒグチさん。ヤマモト先生は父と同じく中国の上海に住んでおられたことがあり、共通の話題があり、特に父とは良い話し相手だとのこと。父から常々おふたりの容貌、性格については聞いていたが、ふたりとも余りにもそのイメージにぴったりなので笑ってしまった。ということは、父の描写がそれだけ正確だということになるが。

「いつも父が大変お世話になっております。」

とおふたりに挨拶をする。

「ロンドンから来られたそうで、いつもお噂は伺っております。」

と白髪のヤマモト先生。

「こちらは奥さん?」

えっ、と思ってカサネを見る。彼女の視線が不満を表している。

「ちょっと、あんまりやないと。」

デイケアセンターではちょうど「懐メロ」大会が始まったところだった。ヴィデオで懐メロを流しながら、唄えるひとはご一緒にということらしい。父はデイケアセンターのことを自嘲気味に「年寄りの幼稚園」と言っている。そう言えば、全体の雰囲気が幼稚園と似ていないこともない。定員は三十人とのこと、二十数人のお年寄りが、大画面に写る前川清を見ている。圧倒的に女性が多く、ここでも女性の平均寿命の長さが偲ばれる。

 

出来た!これでお客さんが増えるといいね。

 

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