きれいなお嬢様って
看板書きと、デイケアセンター並びに病院訪問の後、夕食。ご苦労様。
二十分ほどデイケアセンターの中を見学させていただいた後、父と別れてセンターの外へ出た。センターの戸には「自動ドア」と書いたシールの上に「手動」という紙が貼り付けてある。それで手で開けようとするが、これが結構重い。カサネの力では開かない。
「こうしないと、すぐに逃げ出しちゃうお年寄りがいるもんで。外に出られたら、もう探しようがないでしょ。」
と責任者のサトウさんが言った。センターの窓際には、体操の平行棒のような器具があり、ひとりのお年寄りが看護婦さんに付き添われて歩行訓練をしていた。窓の外からカサネとふたりで手を振ると、お爺さんは手を振り返してくれた。
「ねえ、カサネちゃん、もう一軒付き合ってくれへん?またまた年寄りで悪いんやけど。」
「誰?」
「イズミちゃんとサクラちゃんのお母さん。この近くの病院に入院してはるんやけど、お見舞い、付き合って。」
イズミとサクラについては、カサネに時々話をしていた。今度も彼女は喜んでオーケーしてくれた。
五分ほどで烏丸鞍馬口にある病院に着く。六階のH夫人を訪問。
「あら川合くん、今日はきれいなお嬢様と一緒ね。」
とH夫人。先ほどは僕の奥さんと間違われ、不満タラタラだった彼女だが、「きれいなお嬢様」と言われて、鼻がピクピクさせている。十分ほど話した後で、
「もう来週早々にロンドンに戻るんですよ。今回はお会いできるのもこれが最後です。次はご自宅でお会いします。お元気で。」
と挨拶をすると、H夫人は両手で僕の手と(カサネの手も!)包むように握った。
「お大事に。」
「元気でね。」
カサネもお大事にと言った。病室を出た後、
「あの人、もう二ヶ月もひとりで病室におると?」
とカサネが言った。
「うん。」
「寂しいね。」
「確かに、寂しいやろね。」
その日は生母の家でカサネと三人で夕食を食べた。韓国語を勉強して、韓国通の彼女は今年既に二回韓国を訪れている。その写真を見せてもらう。
夜九時前に高槻のアパートに帰る彼女をバス停まで送って行った。道々彼女の新しいボーイフレンドの話を聞く。今度は上手くいくことを祈りつつ、僕は彼女の乗った「九番」のバスに手を振った。
鴨川を渡るとき、シラサギが見えた。