飛んで火に入る夏の虫
ロンドン日本人補習校で頼まれた看板を前に。出来映えはいまひとつですが。
何故か、僕は「看板書き」に縁がある。多分書道をやっていたからだと思う。
ロンドンの日本人補習校で一年に一度書道を教えている。これはなかなか楽しい。筆を初めて持つおちびさんたちに、
「は〜い、筆は真ん中を持ってね、筆がネンネしてないかな、肘はもうちょっと張ったほうがいいな。」
などと説明しながら教えていく。今年は一年生に寅年なので「とら」という字を書いてもらったのだが、その前に水書版(筆に水をつけて書くと文字が浮き出る不思議な板)にトラの顔を書いて、子供たちの興味を引いたりした。
子供たちに書道を教えるのはとても楽しいのだが、ついでに学校から看板書きを頼まれることがある。これは正直余り「楽しく」ない。「入学式」とか「卒業証書授与式」とか決まり文句を書くのだが。それだけではなく、その横に「ロンドン日本人補習校なんとか校舎」、とか「平成何年度」とか書くので、結構沢山の字を書かねばならない。そうなると、全体の字配りが難しい。こちらとしてもプロではない。「結果」が他人様の目に触れるような看板書きはいつもすごく緊張してしまう。でも、僕の書いた「入学式」の立て札の前で、記念撮影をしている親子などを見ると、やってよかったと思う。
母の家の前の看板を外してみると、土台の木はまだまだしっかりしていた。新しいのをこしらえなくても、現在の看板の薄くなった字を黒い塗料で上書きし、染みの出ているところを白い塗料で補正すればまだ数年は使えそう。看板書きで時間が掛かるのは「字配り」つまりデザイン。それが既に出来ていて、字を書くだけならそれほどの手間ではない。
その日朝食後、僕は雨の中、七本松通りにある、「日曜大工の店コーナン」へ出かけた。千本通を歩く。基本的にぼくは千本通が好きだ。まず狭い。昔、こんな狭い道の真ん中に市電、路面電車が走っていたなんて信じられない。そして、両側にある店がとても庶民的なのだ。焼き魚屋の前を通ると魚の焼ける良い匂いがし、畳屋の前を通ると青畳の匂いがする、漬物屋の前を通ると漬物の匂いがする。
ともかく「日曜大工の店コーナン」で、僕は白と黒のラッカー、筆各種、マスキングテープを買った。母の家に戻り、さっそく作業を始める。まず、枠を引くためにマスキングテープを張る。そして、薄くなった字の上を黒いラッカーで丁寧になぞっていく。頭は要らないが、根気の要る作業だ。
表の戸が開いた。僕は母が帰ってきたと思っていたが、上がり口に立っていたのは姪のカサネだった。彼女は二十九歳「お肌の曲がり角」。そう言えば今日は土曜日だった。
「おう、カサネちゃん、よう来たね。こういうシチュエーション、どう言うか知っとうと?」
彼女は博多育ちだ。
「知らん。」
「飛んで火に入る夏の虫。手伝ってくれない?」
看板書きの真最中に現れ、強制的に手伝わされる破目になった姪のカサネ。