迷子の子猫ちゃん
補習校の書道の指導で、水書板に何故か虎の絵を書き出した川合先生。
父の家から鞍馬口の生母の家に戻ると母は留守、テレビをつけると、「上方漫才選手権」というのをやっていた。登場する最近の若手の漫才師たちが、結構「しゃべくり」の「正統派」なのに驚く。
優勝したコンビ、「銀シャリ」のネタ、「迷子の子猫ちゃん」の歌をボケの方がトンチンカンに唄う。
「迷子の迷子の子猫ちゃん、博多のおうちはどこだぎゃあ。」
そこでもう一人が、
「どうして博多の人間が名古屋弁使うの。」
と突っ込む。
「どうして人間なのよ、『猫』でないの。」
と聞いているこっちもツッコミたくなる。
「おうちを聞いても稚内〜、名前を聞いても若林〜」
「稚内の若林さん、もう分かったじゃないの。」
他愛もないネタなのだが、ツッコミがよいので面白かった。上手い漫才はツッコミが絶妙。ツッコミがボケの笑いを「増幅」させている感じ。
夜十時、イズミに電話をする。相変わらず忙しそう。明後日、七日に会うことにする。ちょうど京都に来ているヨーコも誘って、三人で昼飯を食うことになった。
三月六日。今日も雨。寒い。これじゃあロンドンにいるのと変わらない。朝、生母の家から父の家に顔を出す。今日は父がデイサービスに行く日だ。九時頃に僕が行くと父はすでに外出の準備を終えていた。
間もなくデイサービスセンターのライトバンが到着。父が乗り込む。
「私、息子です。いつも父がお世話になってます。今戻ってるんですけど、今日、見学させていただいてよろしいですか。」
と運転をして来た若い女性ヘルパーに尋ねる。
「良いですよ。入浴と食事の終わる二時ごろがちょうど良いですね。」
彼女はそう言って、車に乗り込み、次の爺さん婆さんをピックアップするために去っていった。
話はガラッと変る。生母は洋裁をして生計を立てている。最近は、和服を洋服にリフォームするというのが流行で、結構そんなオーダーを受けるらしい。母の家の前には
「タンスに眠るお着物を、洋服にリフォームいたします」
という看板が掛かっている。この看板、書いたのは誰あろうこの僕なのだ。数年前に頼まれて書いた。しかし、常に日光が当たる場所に掛かっているので、塗料が退色して読みにくくなってきている。一度書き直さねばと思いつつ、もう一年以上経っている。それで今回の京都滞在中、その看板を書き直おそうと思っていた。天気も悪いし、それを今日やることにする。
成逸デイケアセンターで父と。三月なので、お雛様が飾ってある。