手を伸ばせば届く距離に選手がいる
南国ムードが漂う、高知、春野球場。
「お客さん、今晩は高知にお泊まり?どこに?」
と中村運転手は聞いてくる。ずいぶん詮索好きの運転手である。これが高知流なのか。
「ええ、友人がいるもので、一緒に夕食を食べることになっているんです。『A病院』の院長先生ご夫妻なんですけど、運転手さん、ご存知?」
「A先生なら一昨日お宅までお送りしましたよ。」
高知って、狭いのねえ。それともA先生はここでは赤星選手並みに有名人なのか。
春野球場には試合開始三十分前の十二時に到着。バックネット裏は売り切れだったので、阪神タイガース側、つまり三塁側の内野席に入る。ゲートに入る前に、野球観戦の友「缶ビール」と「おでん」も調達する。
前日は雨だったその日は天気が良く、気温も十五度近くまで上がっていたよう。日の当たるスタンドにいるとTシャツ一枚で十分、春野球場は、なかなか南国的な雰囲気。メジャーリーグのキャンプ地、フロリダの球場を彷彿とさせる。
スタンドのすぐ前のブルペンに人だかりがするので見ると、藤川球児投手が投球練習。地方球場の良いところは、観客と選手の距離が断然近いこと。金網もないし。手を伸ばせば届く場所で、球児選手が投げている。珍しく彼が先発、一回だけ投げた。しかし至近距離で見る彼の球って、
「は、速い・・・(絶句)」。
試合は阪神ファンにとってはつまらないものだった。出ている選手も一軍半と言う感じ。第一、阪神の選手はボールが前に飛ばない。応援団だけは一方的に阪神が頑張っているのだが。阪神応援団は外野で鳴り物入りの応援をしている。それに対して、相手のオリックスの応援は外野のフェンスに張り付いた女の子の、
「かっとばせ!キ、タ、ガ、ワ」
という肉声の声援だけ。それが、可愛くて好ましい。
試合が八回差し掛かった頃、場内アナウンスが入った。
「お車でお越しのお客様にご案内いたします。チリで発生しました地震の影響で、高知県沿岸は『津波警報』が発令されております。桂浜経由の道は現在通行止めでご利用いただけませんので、お帰りは別の道をご利用ください。」
空はあくまで青く、外野スタンドのソテツの木が風に揺れている。試合が終わってから投手陣が久保コーチを囲んでミーティングをしている。ほんの三メートルほど前で。
高知市内に戻るシャトルバスに乗る。Tシャツ一枚で十分。持って来たコートと傘が邪魔だ。四時半ごろに「はりまや橋」に戻り、そこに予約しておいたビジネスホテルにチェックインをする。
ヨーコと約束していた五時半にロビーに下りると、ヨーコとご主人のA先生がもう待っておられた。
マウンドの藤川球児投手。いきなりホームランを浴びてしまった。