雨に煙る東山とOLの制服
京都御所。小雨に煙る東山を背景に。
日本に着いた翌日、二月二十六日、朝四時半。鞍馬口の生母の家で目を覚ます。また七時間半眠ったが、まだ頭がフラフラする。僕は英国では「早起きのモト」、「目覚まし要らずのモト」と呼ばれ、低血圧にも関わらず早朝から元気がよく、食欲も旺盛。でも今朝は全然だめ。散歩に行こうかなと考えたが、外は小雨だし、第一そんな意欲が湧いて来ない。とにかく、歳をとってからは時差ボケがひどい。この朝から「すっきりしない感じ」は、ロンドンに戻る日まで僕に付きまとった。
友人たちに電話をして、会う段取りを決めていく。高知のヨーコとは日曜日に会うことで、時間と場所を決める。サクラに電話するが、娘さんの大学入試に付き添って今は福井にいるとのこと。一月末にガダルカナル島から戻り、次の職を探しているG君とは、正午に京都市役所前で会うことになった。
七時に母の作ってくれた朝食を終え、八時半に小雨の中を歩いて岡崎にあるD医院へ向かう。時差ボケで眠れない夜が続くのは嫌なので、最近は睡眠導入剤を使うことにしている。高校の同級生で医院を開業しているD君に、薬を出してくれるようにロンドンからメールで頼んでおいたのだ。岡崎まではバスに乗れば二十分くらいの距離。しかし、時差ボケ解消並びに運動不足解消のために、歩くことにする。
幸い雨は傘が要らないくらい小止みになった。烏丸今出川まで歩き、乾御門から御所に入り、御所の中を斜めに歩くことにより、距離を稼ごうとした。しかし、御所の中は砂利道なので、その分スピードが犠牲になる。時間的にメリットはなさそう。
小雨の御所の中は全く人がいない。そこを独りで歩いているのは良い気分だ。東山には低い雲がかかり、比叡山の頂上は見えない。小雨に煙る東山を見ていると、「京都へ帰ってきたなあ」と改めて感じる。
丸太町で鴨川を渡り、一時間後の九時半にD医院に到着。
「おはようございます。」
と言って中へ入ると、待合室は誰もいない。前回来たときは満員だったんだけど。
「すみません、川合と申しますけど。」
と受付で言い終わる前に、患者の雰囲気を察知したのか、D君が診察室から現れた。
「おう、ケベ、よう来たな。ご覧の通り、今日は朝から暇なんや。」
彼と十分ほど診察室で話す。処方箋を貰い、医院の隣の薬局で睡眠導入剤を二週間分出して貰う。
まだ十時。京都市役所前まではどんなにゆっくり歩いても二十分。歩いていると平安神宮が見えたので、久々に見学していくことにする。鮮やかオレンジ色の建物、多少天気が悪く、雨に煙っている方が、ケバケバしくなくて良いかも。
雨足が強くなってきたので観光はあきらめ、京都市役所前に行き、G君との約束の時間まで、御池通に面した喫茶店でコーヒーを頼んで本を読んで過ごす。外を、背広を着たサラリーマンや事務服のOLお姉さんが通り過ぎていく。OLの制服、これは英国にない。日本ならでの眺めだ。
平安神宮。建物と巫女さんの衣装が、見事にマッチしている。