岡崎朋美さんの切り抜き
岡崎選手。友人のG君はポーランドで会ったはずだが覚えていないとのこと、もったいない。
まだ睡眠薬が効いているのか、長旅の疲れか、関空からの道中も、生母との再会も、何か霧がかかったよう。記憶が薄い。午後一時頃、母の家に着いたのだが、早速布団を敷いてもらい、一時間ほど眠った。
「布団の中で横になって眠るってこんなに気持ちの良いものだったんだ。」
と思いながら。
午後三時ごろ、歩いてすぐ近くの父の家に行く。父は居間の掘り炬燵に座っており、再会はごく自然。
「おう、よく来たな。」
って感じ。継母は不在だった。
八十九歳になる父だが、毎週電話では話している。一時、頭は全然ボケていないで極めて明瞭なのに、身体が思うように動かないことに、強いフラストレーションを感じているようだった。それは少しましになっているような気がした。でも、今では全て継母に頼らないと生きられない自分が情けなくなると言った。
「でも『お迎え』の来るまでは、自分ではどうすることもできん。」
父はそう言った。月に一度の医者通いと、月に一度床屋に行くこと、それに週に二度デイサービスに行く以外、もう外出はしていないとのこと。
父の家に従姉妹のサチコから、恒例の「新聞の切り抜きセット」が届いていた。筆まめなサチコとは「メル友」なのだが、彼女は時々僕の興味のありそうな新聞記事を切り抜いて、送ってくれる。先にも書いたが、僕が「乗り物オタク」であることを彼女は知っているので、鉄道、飛行機などの記事が多い。それと落語の記事も。三遊亭円楽さんが亡くなったときの記事も入っていた。
そして、今回は「岡崎朋美さんシリーズ」も。冬季オリンピックの始まる数週間前、ドイツのテレビでスピードスケートの中継をやっていた。その中に岡崎朋美選手が登場した。僕は岡崎選手を見るのは初めてだった。三十八歳でまだ現役というのにも驚いたが、美しい人だと思った。メールでサチコに、
「岡崎朋美さんって素敵な人やねえ。」
と書いたら、岡崎選手の載っている新聞記事も切り抜いておいてくれたのだ。岡崎さんはヴァンクーヴァーの開会式で旗手をやっておられたので、英国を発つ前にまたちらりとお見かけした。残念ながら今回のオリンピックではあまり活躍できなかったみたいだが。次回また頑張ってね。そうすると四十二歳!
帰宅した継母にも挨拶して、四時半に父の家を辞し、生母の家に戻り、銭湯、「船岡温泉」に行く。まだ薬のせいか、時差ボケか、まだ頭がフラフラする。六時前に戻って母の作った夕食を食べた後、たまらなく眠くなり、またぐっすりと眠る。目が覚めるとまだ十一時前だった。近くのコンビでワンカップ酒と「ビッグコミック」を買い、また眠った。
毎日通った船岡温泉。街角の銭湯も希少価値になってきた。