私の属する場所
ロンドンが今や第二の故郷となりつつある。
パリまでの飛行機は空いていたが、パリから関空までの飛行機は満員。別にフランスと日本を往復する人が多いわけではない。「ハブ」と言う考え方だが、ヨーロッパ中から客を一度パリに集めて、ここで日本行きの飛行機にまとめて乗せてしまうという戦術だ。
僕の席は、ボーイング七七七の最後尾の席、三席並んだ真ん中。窓際には若い日本人のお姉ちゃんが眠りこけている。通路側には僕よりも少し年上の女性が座っていた。その間に割り込むように入れてもらう。中年の女性は一人旅、しかし団体旅行の一員だという。
「周りが殆ど新婚さんのカップルで疲れました。」
「いやあ、それは疲れるでしょう。」
話し相手がいなくてちょっと寂しい思いをしていたところだったという。旅は道連れ、こちらも退屈な身、喜んでお話を伺う。
飛行機はほぼ定時、午後三時四十五分にパリを出発。僕は早速、父親から送ってもらった睡眠剤を飲み「おねんね」の体制に入る。しかし、睡眠剤による「さっさと寝てしまおう作戦」は今回あまり成功しなかった。三時間ほど眠っただけで目が覚めてしまったのだ。もう一錠飲み足すかどうか非常に迷うところ。もし関空につく頃にまだ薬が覚めなかったら、飛行機から降りても足元がふらついて真直ぐ歩けない。しかし、結局もう一錠飲んだ。
結果は不正解、確かにその後また眠れたのだが。関空に着いたときはフラフラ。京都へ向かう乗り合いタクシー、「MKシャトルサービス」を待っている間、降り際に食べた朝食が腹にしっくりこくなって便所で吐く。吐いている間、荷物を見ていてもらったお姉さん、優しそうできれいな人だった。日本の女性を見ると、
「日本に帰ってきたんだ。」
という気がする。
乗り合いタクシーの乗客はふた組だけ。十二時半には京都、鞍馬口の生母の家に着いた。曇り空だが、昨日までのロンドンの最高気温三度という天気から比べると、格段に温かく、タクシーの窓を開けたくなる。
タクシーが京都市内に入ると、帰ってきたなと思う。
「明日から休暇で京都に帰ってきます。」
と前日職場の同僚に言った。
「モトさんは『故郷』があって良いですね。」
と日本人の同僚の一人、アツヨが言った。彼女の父は転勤族。彼女が日本の両親の家に帰っても、そこは自分が生まれ育った場所ではないという。そういう意味では、京都という確固たる「故郷」がある僕は幸せなのだと思う。
ジョン・デンヴァーの「故郷に帰りたい」、「Country Road Take Me Home」の歌詞の中に、「to
the place I belong」(私の属する場所に)という部分がある。それがある自分の立場に感謝したいと思う。
便所で吐いている間荷物を見ていてくれたお姉さん。