ここは昔ヴェネチアだった

 

糸杉が山肌にチクチクと生えている。

 

レンタカーが手に入った三日目、僕たちは車でホテルを出た。運転は僕と妻が交代で。どうして、娘たちが、いまだにパパとママと一緒に休暇に来たがるのか、時々不思議に思う。友だちや、娘たちだけで過ごした方が楽しいと思うのだが。

「おまえたちえ、ええ加減、親離れせえや。」

でも、娘たちは運転免許がない。休暇先で車に乗れないのだ。これはかなり不便。

今日の目的地は、「アソス」と「ミルトスビーチ」である。後になってだが、土産物屋に置いてある絵葉書を見たとき、この二つの場所が、ケファロニアの「代表選手」として登場していた。と言うことは、その日、僕たちは、ケファロニアでも一二を争う名所に出掛けたのだ。

トマト色のフィアットパンダでホテルを出発した僕たちは、前日来たポロスの町を抜け、山道に入る。カフェロニアは、前にも書いた通り、山がちである。目の前には、千メートルはゆうに超えると思われる山がそびえている。山肌には木が生えているが、頂上の方は、ベージュ色の岩がむき出しになっている。後で調べたところ、カフェロニアの最高峰はアイノス山で、千六百メートルもある。山肌に、爪楊枝を地面に刺したような細い糸杉が立っている。三十分ほどで、つづれ織りの道を登りきると、当然だが下りに差し掛かる、間もなくサミという港町に着いた。

サミのヨットハーバーで休憩、そこから島を東から西に横切ると、今度は左側に海が見えだした。道路はかなり高い所を走っている。車が停められる場所があったので降りて景色を見る。見下ろすと、湾が見えた。その水の色が独特。概して、ケファロニアの海の色は、エメラルドグリーンなのだが、そこの海岸の海の色は、濃い青、藍色、あるいは群青色に見えた。そこが、次に行く、ミルトスビーチだった。「世界で一番美しい海岸」であるという。

「何ちゅう海の色や。」

そこだけ、絵具か、薬品で色を付けたようにも見える。そこは後のお楽しみということで、僕たちはまず、そこから十分ほどのアソスへ向かった。

 アソスはこんもりした半島で、山の上には、ヴェネチア人が建てた城の廃墟があるという。地中海の多くの島々は、かつて海洋国家として名を馳せた、ヴェネチア共和国のものであった。半島の付け根が湾になっており、そこがアソスの村。とても可愛い場所で、そこが幾つかの絵葉書の題材になっているというわけだ。ケファロニアに来る前、スミレが「ケファロニア・トレッキングガイド」と本を買っていた。その本に載っていたトレッキングコースを歩くことにする。

村から、山道を「ヴェネチア人の城」の廃墟まで登り、反対側を降りて来るというコース。四十分ほどで、城の入り口に着き、崩れかけた城門を潜って中に入る。中には特に何もない。昼飯のサンドイッチを食べて、反対側を降りる。そこは石を敷いた道が整備されていた。眼下のアソスの湾と村の景色が素晴らしい。

 

ヴェネチア人の城から降りる途中に見える、アソスの村。

 

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