病院のメニュー
僕の入院していたバーネット総合病院。そう度々は行きたくない場所だ。
バーネット総合病院の循環器科の病棟である「ローワン・ワード」には、今年の一月にも一週間余り入院していた。暮れから不整脈がひどく、電気ショックで心臓の鼓動を正規のリズムに戻すという手術を受けたのだ。それからまだ一か月余りしか経っていないので、僕も看護婦の顔を覚えていたし、看護婦も僕の顔を覚えていた。
「あら、あなたまた来たの。今度は何?」
「電車に乗り遅れそうになったんで階段を駆け上がったら、急に胸が痛くなって。」
「お馬鹿さんねえ、無茶をするんだから。」
そんな会話を何人かの看護婦と交わす。
病棟には九台のベッドが向い合せに並んでいて、ベッドは全部ふさがっている。患者の中で僕が一番若いようだ。後は爺さん連中。腕に点滴の管が差し込まれ、胸に心電図の電極が付けられる。二十四時間、心臓の動きをモニターするとのことで、心電図のレコーダーを常に首からぶら下げていなければいけない。眠るときも。
夕食にローストビーフを食った。病院の食事は不味いと言うのが定評だが、バーネット病院の食事は、それでもまあまあ「いける」方だ。三十種類くらいのメニューの中から選べるのは良い。バーガー、ローストビーフ等の英国の定番メニューから、「チキン・ティカ・マッサラ」なんていうインド料理。鮭のバター焼き、鱈の蒸し焼きとか、魚料理もある。
僕のように何でも食べられるのは少数派なのかも。食べ物に関して厳しい戒律を持つ、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教の人も多数入院している。だから、それくらいバラエティーに富むメニューを作っておかないと、「何も食べられるものがない」と文句を言う人が続出するのだろう。ベッドの上で夕飯を食っていると妻のマユミが見舞いに来た。
「あら、結構美味しそうなもの、食べてるじゃない。」
と彼女は言った。
「うん、実際結構いけるよ、これ。」
但し、量は多くないし、味も薄い。でも、一日寝ている人間にはこれで十分。
前夜は殆ど眠れなかったのに、その夜もよく眠れなかった。ウトウトしたと思ったら、看護婦の話し声、ナースコールのブザーなんかで目が覚める。向かいのバングラデシュ人の親爺が、看護婦にクドクドと文句を言っているのもうるさい。ここのところ、ひどい不眠が続いていて、睡眠薬とアルコールのお世話になっていた。病院ではそれができないし、場所が変わって緊張もしているし、最初の夜は眠れないことは予想していた。まあ、アルコールと睡眠薬への依存を断ち切る意味では、有意義な入院かも知れないな、と考える。
翌日、胸の痛みは薄らいだ。少し元気になるととたんに暇になる。昼間は一緒の病棟の親爺さんたちと雑談したり、テレビを見て過ごす。夜はDVDで「新シネマ天国」を見る。最近は週末と言えども忙しく、テレビなんて見たことがなかった。とにかく、何にも考えないで、頑張って休養に専念することにする。いや、頑張らないことにする。
三月、英国は水仙の季節を迎える。