ジ・オンセン

 

船岡温泉の脱衣場。欄間とタイルが古式床しい。(同温泉のホームページより)

 

外国で認知された日本語は幾つかある。一番有名なのは「ツナミ」、「カラオケ」だろう。これらは、英語やドイツ語にそれにあたる表現がなく、日本語がそのまま使われている。そこに加わろうとしている言葉が「オンセン」ではないだろうか。「ジャパニーズ・スパ」と訳されたりしているが、西洋の「スパ」と日本の「温泉」は大きく違う。日本の風呂を表す言葉は、やはり「オンセン」というしかないような気がする。

僕は風呂好きである。しかに、それは日本においてのみ。英国に住んでいるときは、一週間に一度くらいしか、湯をためて風呂に入らない。それ以外の日はシャワーである。しかし、英国でのそんな生活の埋め合わせをしようとするのか、日本に来ると、いつも銭湯、温泉を追い求めてしまう。

話は脱線するが、僕は、妻がいなくて、僕一人でも、妻の実家に滞在できる人である。自分では、それが当然だと思っていたが、

「奥さんがいないのに、奥さんの実家に行って、泊まるんですか?信じられな〜い。」

と誰かに言われ、皆がそうでないことを知った。僕はこれまで、何度も独りで金沢を訪れた。大抵、金沢駅まで義父母が迎えにくれていた。義父の運転する車で家に帰るわけだが、

「モトさん、どっか、行きたいとこあるかね。」

と、車の中で義父が僕に聞いてくる。僕の答えは何時も同じ。

「寿司屋とスーパー銭湯!」

数時間後、義父と僕は、金沢市内のスーパー銭湯にいる。義母はもちろん女湯。亡くなった義父の思い出を辿ると、スーパー銭湯や、石川県の温泉で、一緒に風呂に入り、背中の流し合いをしたシーンばかりが浮かんでくる。タオルを固く絞って、背中を擦って、

「お父さん、いっぱい垢が出てますよ。」

「ちょっこ痛いけど、気持ちええわ〜。」

そんな会話を思い出す。

 京都の母の家は、「京都で一番」と言われ、英語のガイドブックにも紹介されている銭湯「船岡温泉」まで歩いて三十秒という、風呂好きには堪えられないロケーションである。僕はここ二十年ほど、母の家の風呂に入ったことはない。京都にいるときは、いつも五時になったら、洗面器とタオルを持って「船岡温泉」に出かける。上にも書いたが、英語のガイドブックに紹介されているので、外国人観光客も沢山来ている。彼らとお話するのも楽しみのひとつ。外国人も皆、ここは良いと言っている。

「英語を話したくなったら、船岡温泉に行け!」

これはひとつの真理である。たまに、ドイツ人にも会う。

「どこから来たんですか?」

と英語で聞いて「ジャーマニー」と言われると、突然会話をドイツ語に切り替える。相手の一瞬驚く顔が、何時も面白くてたまらない。

 

通りでは、子供たちが春祭りの練習をしていた。

 

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