もろ手突き
ひとつの干草の塊をやっと目的地に押し込み、ホッとするジョン。
突然だが、話はまた馬牧場に戻る。日本に帰る一週間前の土曜日、僕は馬牧場にいた。通常、僕は月曜日から金曜日の午前中しか、馬牧場で働いていない。土曜日は、午前、午後と日本語教師としての仕事があるので来られないのだ。それと、週日の仕事自体、それなりの肉体労働なので、週に二日ぐらいは休まないと、身体が持たない。ただ、その土曜日は、偶然午前、午後の授業ともキャンセルになり身体が空いた。それで、馬牧場にやって来たのだった。
僕には一つこの目で確かめたいことがあった。それは、干草や藁の補充である。金曜日、僕が牧場を去るときに、干草や藁は、ほぼ全部食べ尽くされている。そして、月曜日、僕が働き始めるときには、干草や藁の塊が、要所要所に置かれている。僕の仕事はそれを取り崩して、馬たちに与えることなのである。週末、誰が、どのように、干草や藁の補充をするのか、興味があった。
土曜日、午前十一時に牧場に集まったボランティアは、男性三人と女性三人。間もなく、契約している近所の農家から、トラクターがやって来て、ピストン輸送で、干草の塊と藁のロールを運んできた。干草は十束。藁は三束。それらが、牧場のゲートのところに置かれる。その塊を、三人ずつの二つのグループで、牧場のあちこちに「転がして」いくのだ。転がすと言っても、干草は一メートル×一メートル×二メートルくらいの直方体。積み木のように、パッタンパッタンと押していく。かなりハードな作業である。
「阿炎(あび)」という若手のお相撲さんがいる。彼の得意技は「もろ手突き」。両手を一緒に前に突き出して相手を責める。両手で突くと、片手で交互に突くより威力は大きい。しかし、はたかれると、前に落ちる危険性も高い。阿炎もよくはたかれて前に落ちかかる。しかし、それを驚異的な運動神経で持ちこたえ、回り込んで、なおも攻めていく。いわゆる「サーカス相撲」なのである。僕はこのお相撲さんが好き。
とにかく、干草の直方体を転がしていくのは、この「もろ手突き」の要領なのだ。三人が力を合わせて両手で干草の塊を押し、重心が向こう側に入ってパタンと転がったところで一瞬力を抜く。そして、一面が地面に着いたところを見計らってまた押す。それをぬかるんだ地面の上でやるわけで、なかなか大変な仕事だった。女性チームも頑張っている。
時々、転がす藁の方向転換をしてやらなければならない。そんなときは、丸太を下に差し込んで、その上に藁を乗せ、「てこ」の要領で、よいしょっと方向転換をするわけだ。
「ストーンヘンジの石はおそらくこうして運ばれたのでは。」
紀元前二千年頃に作られたという英国の巨石遺跡「ストーンヘンジ」の石は、何百キロも離れた場所から、運ばれて来たという。途中、何度も方向転換が必要だったろう。僕は、汗を流しながら丸太を動かしているジョンを見てそう思った。
土曜日の仕事は、大変勉強になったが、肉体的にはかなりダメージが残った。翌週、何度も妻に腰や背中をマッサージしてもらいながら、僕は一週間の仕事を終えた。
ポーラ、セーラ、ルイーズの女性チーム。非力な僕のいる男性チームより強力かも。