出エジプト記
海に浮かぶ巨大建造物、関西空港。どれほどの土砂が投入されたのだろう。
ロックダウンが始まった三月の終わりから、急に天気が良くなった。四月は、英国には珍しく、雲一つない晴天が何日も続いた。五月になっても暖かい良い天気が続く。
「せっかく天気が良いのに、ロックダウンでどこへも行けない。つまんない。」
とボヤく人もいたが、僕の生徒のRさんは、
「ロックダウンでどこへも行けないので、せめて天気が良いだけでも、精神衛生に良いわ。」
と言った。ニュースと言えば、コロナ死者の増加など、暗い話ばかり。皆が「ウツ」になりそうな時期、ポジティブに考えるのは良いことだ。僕も、「顔に微笑みを、心はポジティブに」を心掛けていた。
今年の英国の冬は雨が多かった。二月の降雨量は観測史上、最高記録だという。馬牧場はモロにその影響を受けた。とにかくぬかるみが深いのだ。ひどいところは泥の厚さが十五センチくらいもあり、ゴム長靴がめりこむと、おいそれと抜けない。文字通り、「泥沼状態」。馬たちも歩くのに苦労している。馬牧場での運搬手段は「ウィール・バロー」、手押し一輪車である。一輪車で、汚れた敷藁や拾ったウンコを集積場まで運ぶ。しかし、深さ十センチを超える泥の中では、一輪車を押すのは困難な作業だった。
「何かいい方法はないかなあ。」
そう考えていた僕は、聖書「出エジプト記」のモーゼの一説を思い出した。モーゼは、エジプトの軍勢によって紅海の岸に追い詰められたとき、海の中に道を作って対岸に渡ったのだ。僕は「泥の海」の中に、パドックから集積所まで、道を作ることにした。厩舎の中で回収した敷藁を、泥の中に投入していき、一輪車の通れる道を作ろうという計画である。最初の敷藁を投入。しかし、その敷藁は泥の中に沈んで行った。
「道が完成するまで、何日くらいかかるかな。」
僕は考えた。
家に帰った僕は、テレビをつけた。ドキュメント番組の専門局で、「驚異の建造物」という番組をやっていた。その日の特集は「関西空港」。ご存知のように、関西空港は、大阪湾の泉南沖に、大量の土砂を投入して作った人工島である。何年もかかったその工事の模様を、番組で映していた。最初、船で土砂を運び、海中に投入するのである。もちろん、水深何十メートルもある海。最初に投入された土砂は、跡形もなく海中に飲み込まれた。
「どこかで見た光景や。」
そう、自分がその日やっていた、泥の海の中への敷藁投入と同じだった。
一週間かかって、何十回も敷藁を泥の中に投入し、ようやく「道」は完成。一輪車は、何とかその道を通って、動けるようになった。翌週月曜日、牧場に着いた僕は愕然とした。
「道がない!」
馬たちが道の上を歩き回って、せっかく敷いた藁を蹴散らし、道は雲散霧消、跡形もない。僕は気を取り直して、また、敷藁の投入を始めた。
目標は右後方の「ウンコ山」まで泥の海の中に道を作ること。まさに、モーゼ的挑戦。