おやつがない!
スーパーマーケットの前で、二メートルの距離を取りながら並ぶ人々。
ロックダウンの噂が流れ始めた三月下旬から、スーパーマーケットが超品薄になった。沢山の人々が、カートに山盛りの買い物をしている光景が、ニュースに写っている。特に、手洗い石鹸、トイレットペーパー、パスタ、卵、小麦粉等が、スーパーの棚から消えた。世界的な現象だったらしく、オーストラリアからは、トイレットペーパーを巡って、スーパーの中で、客同士が殴り合いをしている光景が流れていた。トイレットペーパー、手洗い石鹸等はウィルス対策、パスタは何かあったときの保存食ということで、何となく分かるが、卵と小麦粉というのは、良く分からない。
「ロックダウンになって、皆暇だから、おうちでケーキを焼くんじゃないの?」
と娘のミドリが言った。う〜ん、ジョギングだけはなく、「お菓子作り」も、イギリス人の隠れた趣味だったのだろうか。
「同じアイテムはお一人様二つまででお願いします。」
というルールが各スーパーに出来て、一週間ほどで、トイレットペーパーは棚に戻った。しかし、パスタと小麦粉は長い間見かけなかった。二メートルという「ソーシャル・ディスタンシング」が適用されて、スーパーの中に一時に入る人数が制限されたので、スーパーの前に行列が出来るようになった。
スーパーでの品薄で、馬たちにも影響が出た。馬に「おやつ」として、ニンジンやパンを与えている。それらは全て、近くのスーパーでの売れ残りを寄付してもらったものなのだ。パンは賞味期間が切れると、ホームレスの人々に配られ、それでも余ったものが馬牧場にやってくる。人間様が全部買ってしまって売れ残らなければ、馬に回って来る分はないのだ。一カ月くらい、馬たちは、ニンジンやパンの「おやつ」にありつけなかった。
パンやニンジンが手に入らないくらいならよいのだが、「ホース・サンクチュアリ」が直面した最大の問題は、「オープンデイ」が開催できないということだった。馬牧場では、毎週日曜日の午後、牧場を解放し、主に子供と馬との触れ合いの機会を提供している。子供たちは、ポニーの世話の仕方を習い、ポニーを連れて散歩できる。その際の「ドネーション」(寄付)が、我々の組織にとって、大きな収入源なのである。しかし、「集会禁止」のお達しが出ているので、「稼ぎ時」の復活祭休みも含めて、一度も「オープンデイ」を開催できなかった。
「このままいくと、資金が持つかしら。」
ボスのジュリーは浮かない顔をしている。
しかし、コロナ禍で良いこともあった。ボランティアが増えたこと。「ファーロウ(furlough)」という制度で、企業は従業員を、政府からの補助金をもらって、一時帰休させられるようになった。それで、本来の仕事が出来なくなった人が数人、ボランティアに来てくれることになったのだ。一年半ずっと独りで働いてきた僕だが、初めてSさんという方と一緒に働いた。独りも気楽で良いが、会話のあるのはもっと良い。
オープンデイはできなくても、フェンス越しの観客は絶えない。