癒し系のお仕事
シンガポールで暮らす息子の、ロンドンでの婚約発表パーティーに集まった人々。
復活祭の前週、息子の婚約発表パーティーがロンドンで催された。それに出席して、彼の学生時代の友人達と話す機会があった。何故か皆、僕が、
「馬牧場で働いているの。」
と言うとすごく興味を持ってくれた。その中でも、馬の話で一番盛り上がったのは、女性弁護士のカネルであった。彼女は弁護士の資格を取ってから、しばらく香港で働き、一昨年英国に戻って来たとのこと。子供の頃から乗馬が好きで、今でも週末は馬に乗っているという。香港にいるときも、乗馬クラブに入っていたという。
「香港って土地が狭いでしょ。厩舎も何階建てかのビルなんです。そんなの見たことあります?」
「いや、初めて。エレベーターが付いてるの?」
「駐車場のように、ランプ(らせん状に周回する斜面)が付いているんですよ。」
なるほどね、さすが香港。僕は彼女の言った、
「馬と一緒にいることは、非常に『セラピューティック』ですね。」
という言葉が、非常に印象的だった。『セラピー』になる、つまり『癒される』という意味。本当にその通り。馬と一緒にいると、心が休まるというか、これまでの心の傷が癒えるような気がする。
同じパーティーで、二コラという、息子が北京留学中のときに会った男性とも話した。彼は、中国へ行くまで、欧州の銀行でバリバリ働き、稼いでいたという。
「どうして、北京へ行って、中国語を勉強する気になったの?」
「それが、よく分からない。何となく、自分の将来が開けるような気がしたんですよ。」
と二コラは言う。僕は、馬牧場でウンコを拾いながら、ときどき、
「どうして、俺は、今ここで、こんなことをしているんだろう。ひょっとして、これは夢じゃないのか。」
と、考えてしまうことがある。一年前までは、全く予想もつかなかったことをして暮らしている自分に気付き、すごく不思議な気分になる。
「それで、中国から帰ってから、将来が開けた?」
と二コラに尋ねる。
「いや、全然。中国語や中国での体験は、今、全然役に立っていない。」
と彼。僕はそれでもいいと思う。
「きみは、自分の知らない世界の扉を開けたんだろ。それが、後で役に立たなくても、これまで持っていなかった全く新しい視点、視野が開けただけでも、大きな意味があると思うよ。」
僕は二コラに言った。しかし、それは、僕が自分自身に言った言葉でもあった。損得勘定なしに、全く知らない世界への扉を開ける、それも悪くない。
普通サイズの馬と、シェットランドポニーが並ぶと、その大きさの違いが分かって面白い。