エピローグ・雉も鳴かずば
馬たちの間にやっと写真を撮れる距離で雉を発見。
復活祭の前から、気温が二十度を超えるようになった。英国の四月は春と言うより、冬と夏が交互に来る感じ。前週は最高気温が七度だったのに、翌週は二十三度。暖かいと、
「戸外で働くって、こんな気持ちの良いものだったんだ。」
と改めて感じる。太陽の下、Tシャツ一枚で働けるなんて夢みたい。嬉しいのは、藁が乾いているので、その上に落ちているウンコが拾い易い。ウンコを乗せた一輪車も、下が乾いているので、スイスイ押せる。これから夏にかけて、気持ちの良い屋外作業が続くと思う。
世話をする者だけではなく、馬たちも活発になり、リラックスムードで寝転んだり、猫のように背中でゴロニャーンと転げまわったり、フィールドを追いかけっこしたりして、楽しそうに過ごしている。冬の間は、皆、もっと「差し迫った」というか「追い詰められた」表情をしていたのに。暖かい季節は、誰にとっても嬉しいものである。
さて、最後に、馬牧場に住む、もうひとつの動物について述べて、このエッセーを終わりたい。それは雉(キジ)である。牧場には雉の一家が住み着いている。正確に言うと、一番奥の厩舎のそのまた奥の林の中に巣がある。馬たちの間を時々歩いている。雄は色とりどりで美しく、数羽の雌は茶色い地味な色をしている。
「撃たれるといけないから、ときどき餌を与えて、他へ行かないようにしてるの。」
とジュリーが言う。雉は英国では保護対象になっておらず、ハンターたちが自由に撃っていい鳥なのだ。雉がどの辺りにいるかは、すぐに分かる。五分に一度くらい、大きな声で「ケーン!」
と鳴くからである。縄張りを宣言するための鳴き声だという。
「雉も鳴かずば撃たれまい。」
確かに、大声で居所を定期的に知らせてくれるのであるから、ハンターにとっては、有難い動物である。
僕は雉をカメラに収めようと考えた。そして、数日間、ズームレンズのついた一眼レフを持って馬牧場に出かけた。まあ、天気が良くなって、作業にも、心にも余裕ができたので、そんなことをする気になったのだが。水遣りやウンコ拾いをやっている間も、直ぐ近くにカメラを置いておいていた。時々鳴き声はするのだが、声から判断すると、遠くて写真を撮れる距離でない。一週間近く雉の姿を近くで見ることはできなかった。
復活祭の最後の日、駐車場に車を停めると、結構近くで「ケーン」という声がする。柵の向こうに雄の雉がいた。(鳴くのは雄だけなので、当然なのだが。)僕は、カメラを構えてシャッターを切った。僕の京都の友人で、引退してから、野鳥の写真を撮ることを生き甲斐にしている男がいる。本当に、鳥の写真を撮るのは、忍耐が必要なのだと思った。
これで「馬牧場日記」の第二部は終わるが、第三部はあるのだろうか。多分あると思う。やっと馬たちの名前と顔が一致した。一対一で向き合うことにより、「馬の心理学」というようなものを探ってみられたらと思う。その結果が、またレポートできればいいのだが。
桃太郎の家来の一人、いや、一匹、いや、一羽。
<了>