松本にて
松本は城と背景の山の美しい街だった。寒かったけど。
「何食べよっかな?」
松本駅前のホテルに入り、風呂に入り、ベッドで毛布にくるまった僕は考えた。風邪をひいたらしく、水洟がしきりに出る。テレビでは懐かしい「刑事コロンボ」を日本語でやっている。小池朝雄さんの吹き替えがいい。
日本へ着いた僕は、京都で三日間過ごしたあと、一月に亡くなった義父の納骨に参列するために金沢へ。その後、東京、埼玉県の大宮、松本を回っていた。松本に来た理由は、「国宝松本城」を見るためだ。黒い板張りの天守閣が、堀の水面から、「凛とした」佇まいでそそり立っているのは、素晴らしかった。これまで、日本の城は色々訪れたが、松本城をその中でも「ベスト」として推したい。すごく良い所なんだけど、ひとつ問題が・・・寒いのだ。天気は良いし青空もきれい、気温は二度か三度くらいか。でも、アルプスの山々から吹き下ろす風の冷たいこと。強風を考慮すると、体感温度はマイナス二度から三度くらいだと思う。二時間ほど松本城にいたが、馬牧場で屋外作業に慣れているはず僕も、余りの寒さに、三時ごろにホテルに「避難」した。
松本に来たからには名物料理が食べたい。街を歩いてみて、何が名物か知っていた。それは「馬刺し」、つまり馬の肉の刺身である。個人的には、食用に育てられた動物を食べることに抵抗はない。馬でも犬でも猫でもオオアリクイでも八丈島のキョンでも、僕は食べると思う。そもそも、牛、豚、羊、鳥類を食べている僕にとっては、他の動物もその延長線上なのだ。
しかし、僕はいやしくも「生きている馬は殺させない」をモットーにした、「セシール捨馬保護センター」のスタッフなのである。もし、ジュリーとか、他のメンバーが、僕が馬を食べたことを知ったら、もう口を聞いてもらえないだろうな。
「どうしよっかな?」
もしも、この松本で馬の肉を食べても、それを英国にいる他のメンバーが知ることはまずないと思う。
「でも、『悪事千里を走る』と言うからな。」
万万が一の場合を考えて、僕は馬刺しには手を出さないことにした。
「信州は『やきとん』が美味しいよ。」
と昨夜、大宮での夕食のときに、食堂のお客さんの誰かが言っていたのを思い出した。「やきとり」ではなく「やきとん」、つまり豚肉の串焼き。
七時過ぎにホテルを出た僕は、迷わず、百メートルほど離れた場所にある「やきとん」、「煮込み」と看板の出ている居酒屋に入った。夜になり、気温はまた一段と下っている。天気予報は、明朝の松本の最低気温をマイナス四度と伝えている。居酒屋では迷わず、「やきとんおまかせ五本セット」と「もつ煮込み」を注文。それと清酒「大雪渓」の熱燗も。どれも美味しかった。「やきとん」はバラ、シロ、レバー等が塩味で焼いてあり、結構あっさりしていた。煮込みと熱燗は僕を中から温め、寒い夜には最高の御馳走だった。
そして名物はさくら肉。馬刺し。馬は食用にするには、極めて非効率な動物であるが。