馬間関係(1

 

京都では早咲きの桜がほころびかけていた。しかし、まだまだ寒い。

 

僕が日本に滞在中、「いとこ会」というのをやった。父方の従兄弟従姉妹が集まって、一杯飲もうというのである。急に来られなくなった人もいたが、従姉妹のSちゃんとTちゃん、それにSちゃんの御主人と僕の四人が、京都先斗町(ぽんとちょう)の店にやって来た。Sちゃんの旦那さんのWさんは、某自動車会社を定年退職後、パートタイムでデーサービス施設の運転手をやっておられる。僕は、いつも目にする、老人を乗せた車を思い出した。

朝と夕方、母の家の近くを自転車で走っていると、沢山の箱型の車が走っていたり、民家の前に停まっていたりする。車の横を見ると、「OOデーサービス」、「XX介護センター」などと書かれている。デーサービスへ通う老人たちを送迎する車なのだ。僕の父も、亡くなる前の数年間、デーサービスに通っていた。そのとき、施設のスタッフと話したこともあるし、施設を案内してもらったこともある。実際に父がそこにいるとき訪問して、老人たちと一緒に過ごしたこともある。だから、様子は大体分かっているつもり。Wさんは、そんな施設で働いておられるわけだ。

余談だが、高齢者にとって、大切だが、手間のかかる作業は、「風呂に入る」ことだと思う。風呂に入るには「風呂を焚いて>服を脱いで>風呂桶をまたいで風呂に入って>またいでまた出て>身体を洗って>乾かして>服を着る」と、身体が不自由になった老人にはかなりハードルの高い作業が並んでいる。そして、風呂に入らなくても死なない。風呂に入らないと臭くなるが、嗅覚は六感の中で最も慣れやすいとのこと。という理由で、風呂に入らなくなるお年寄りが多と聞く。

「俺は、七十五歳で死ぬことにした。」

Wさんが突然言い出した。

「どうしてなの。」

「だって、俺、毎日見てる老人みたいになりとうないもん。」

Wさん。なるほどね、デーサービスに来られているお年寄りは、身体が不自由とか、認知症とか、健康に問題のある方ばかり。そんな人々を毎日見ていたら、確かに気が滅入るよね。また、歳をとると、その人の性格が強調されるというか、より顕著になるらしい。性格には良い面と悪い面があるが、特に悪い方が。

「ムカッと来ることもあるけど、相手はお客さんやろ。下手(したて)に出なあかんしね。」

なるほど、ご老人相手の人間関係も、色々大変なんだ。特に、お年寄りは頑固だしね。

僕はふと考えた。僕は「捨馬保護センター」で働いている、そこには、主に、歳を取ったり、身体に障害がある馬が収容されている。つまり、馬の「デーサービス」施設みたいなものではないか。僕はそこで、食事と、排泄物の世話をやっているわけ。それも、同じようなものだ。でも、馬は話をしない。Wさんのように、人間関係に悩むことはない。相手をするのが馬というのも、その点悪くはないなと、そのときはそう思った。

 

血糖値の高いジミーとウィニーは、特別なダイエットのために別の一角で飼われている。病気や障害を持った馬も多い。

 

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