尊敬すべき人々
干草を食べているのかと思ったら雪を食べていた。冬の間は、しっかりコートを着せられている。
イングランドでは余り雪が降らない。したがって、ほとんどの車は冬の間も「冬タイヤ」をつけない。僕の車も「夏タイヤ」のまま。そして、ひとたび、数センチでも雪が積もると・・・そこにはカオスが待っている。一月のある日、朝起きると三センチくらいの積雪があった。表通りまで行って確かめる。バスが通るので融雪剤が撒いてある。車は普通に走っている。僕の家の駐車場から表通りまでは、問題なく車を出せたし、僕は車で馬牧場に向かった。辺りはまだ薄暗い。何時ものように馬牧場のゲートの前の道路脇に車を停める。二時間後、仕事を終えて車を出そうとする。
「あれれ?」
芝の上に薄く積もった雪で、車を出そうとすればするほど、道路の反対側の斜面に落ちていく。遂に、車は牧場のフェンスの直前まで滑り落ちてしまった。こうなると自力脱出は無理。僕は、レスキュー・サービスの「ロイヤル・オートモーティブ・クラブ(RAC)」に電話をした。今日は、忙しくて、救助に来てくれるのは明日の朝になるという。
「そうやろね、僕みたいなドライバーが今日は何千人も電話をしてるんやから。」
あきらめて歩いて帰る。翌朝、八時前、僕の車はRACの車に無事引っ張り上げられた。
一週間後、また雪が数センチ積もった。
「この前のこともあるし、今日は歩いて行ったらどう?」
と妻が言う。
「今回は大丈夫。」
そう言って、僕はまた車で家を出た。僕の「大丈夫」には根拠があった。その日は、牧場のゲートの前ではなく、隣の町営住宅の駐車場に車を停めることにしていたからだ。そこには、他の車も停まっている。ところが、今回も、斜面になっている駐車場から脱出不能になってしまった。
「しもた、母ちゃんの言うことを聞いとけばよかった。」
と思ったが後の祭り。また、歩いて帰る羽目に。幸い、二日後に、気温が上がり、雪が融け、僕は車を取り出すことができた。
「サンクチュアリ」は、隣にある町営住宅の駐車場と水道を借りている。だから、町営住宅の住民の皆さんとは、良い関係でありたいと思う。駐車場に会った人には、明るく挨拶をすることにしている。
「グン・モーニン!」
「あんまり見かけない顔だけど、きみ、ここに住んでるの。」
「いいえ、『サンクチュアリ』で働いているんです。」
「きみは、あの尊敬すべき人々のひとりなんだ。」
嬉しいお言葉。英国では「ボランティア」は、金をもらってする仕事より意味があると思われている。お金に関係なく働いている人は、尊敬されているというわけ。国会議員も長い間無給の名誉職だった。
車が立ち往生して、歩いて帰ったときに撮った、村はずれの風景。雪景色も良いものだ。