もろ手突き

 

ひとつの藁束を目的地に運び終わり、一息つく同僚のジョン。

 

「阿炎(あび)」という若手のお相撲さんがいる。押し相撲を得意としているのに、背が高く、スラっとした体格。赤いまわしを締めている。彼の得意技は「もろ手突き」。両手を一緒に前に突き出して相手を攻める。両手で突くと、片手で交互に突くより威力は大きい。しかし、はたかれると、前に落ちる危険性も高い。阿炎もよくはたかれて前に落ちかかる。しかし、それを驚異的な運動神経で持ちこたえ、回り込んで、なおも攻めていく。いわゆる「サーカス相撲」なのである。僕は、干草のブロックを転がしながら、阿炎と彼の「もろ手突き」のことを考えていた。

僕には一つこの目で確かめたいことがあった。それは、干草や藁の補充がどのように行われているか。僕は、月曜日から金曜日まで、毎日二時間程度、馬牧場で働いている。金曜日、僕が牧場を去るときに、干草や藁は、ほぼ全部食べ尽くされている。そして、月曜日、僕が働き始めるときには、干草や藁の塊が、要所要所に置かれている。僕の仕事はそれを取り崩して、馬たちに与えることだ。週末、誰が、どのように、干草や藁の補充をするのか、興味があった。それを知るために、たまたま、日本語教師の仕事がキャンセルになった二月初旬の土曜日、馬牧場に出かけた。

午前十一時に牧場に集まったボランティアは、男性三人と女性三人。間もなく、契約している近所の農家からトラクターがやって来て、ピストン輸送で、干草と藁束を運んできた。干草は十束。藁は三束。それらが、牧場のゲートのところに置かれる。その塊を、三人ずつの二つのグループで、牧場のあちこちに「転がして」いくのだ。転がすと言っても、干草は「一メートル×一メートル×二メートル」くらいの直方体、積み木のような形。それを、パッタンパッタンと押していく。これが、結構ハードな作業。

先ほども述べたが、干草の直方体を転がしていくのが、まさに「もろ手突き」の要領なのだ。ジョン、パトリックと僕の三人で、タイミングを合わせて両手で干草の塊を押し、重心が向こう側に入ってパタンと転がったところで一瞬力を抜く。そして、一面が地面に着いたところを見計らってまた押す。それをぬかるんだ地面の上でやるわけで、なかなか大変な仕事だった。一束運び終わるたびに、空を仰いで息を付く。セーラ、ルイーズ、ポーラの女性チームも頑張っている。

時々、転がす藁の方向転換をしてやらなければならない。そんなときは、丸太を下に差し込んで、その上に藁を乗せ、「てこ」の要領で、よいしょっと方向転換をするわけだ。

「ストーンヘンジの石はおそらくこうして運ばれたのでは。」

紀元前二千年頃に作られたという英国の巨石遺跡「ストーンヘンジ」の石は、何百キロも離れた場所から、運ばれて来たという。途中、何度も方向転換が必要だったろう。僕は、汗を流しながら丸太を動かしているジョンを見てそう思った。

 土曜日の仕事は、色々勉強になった。しかし、肉体的にはかなりダメージが残った。翌週、何度か妻に腰や背中をマッサージしてもらいながら、僕は仕事を続けた。

 

下に転がっている丸太を差し込んで、干草の束を転がす方向を変える。

 

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