雨が降ったら濡れるだけ
シェークスピア時代のグローブ座の断面図。現在の建物もこれに忠実に造られている。(グローブ座のHPより転載)
平土間の立見席には屋根がないという話を、メル友のエミコさんに書いたら、彼女は、
「平土間の場合は雨が降ったら傘をさして鑑賞するんですか?そうすると後ろのほうの人たちが舞台見えなくなっちゃうから、カッパに長靴ですか?(笑)」
と書いてきた。良いところを突いてるじゃない。その通り。だから、カッパは必需品。今日も、黄色い防水のパーカーを持ってきている。春先からノアの箱舟の洪水のように雨の降りまくっていた英国。しかし、数日前から、オリンピック開幕を待っていたように夏らしい天気になった。とはいうものの、昨日も夕立があったし、油断はできないのだ。
ブラックフレイアースの駅で電車を降りて驚いた。テムズ河の橋の真上に駅が出来ているのだ。この駅は数年前から工事中だった。オリンピックを前に、ロンドンの色々な場所が新しくなり、慣れない僕はウロウロしてしまう。
テムズの南側の岸、「サウスバンク」は夏の土曜日の午後ということで、大勢の人で賑わっている。聞こえてくる言葉から判断すると、半分以上が、外国からの観光客のようだ。近代美術館「テート・モダン」の前を通り、僕はグローブ座に着いた。少し早いが、開演の三十分前に中に入る。それには理由があるのだ。
シェークスピア時代の劇場を再現したグローブ座は、中が空になっている円筒形の建物である。平土間にせり出すように舞台があり、それを円形のバルコニー型の観客席が取り囲んでいる。「バルコニー」には屋根と椅子があるのだが、「ストール」、平土間は屋根がない。雨が降ったら、はいそうです、濡れるだけ。
落語で、芝居の好きな丁稚「定吉」が、お遣いの途中、隠れて芝居を見るという下りがある。英国でも、芝居好きの丁稚達は、きっとこんな立見席で芝居を見ていたのだろう。
開演の五分前から、四人のミュージシャンが舞台に現れ、音楽を奏でる。トランペット、リコーダー、ドラム、皆、昔風の楽器で、乾いた音がする。観客は自分の席を見つけるのに忙しい。僕は、立見席の一番後ろの塀の前に陣取った。立見席は、文字通り、劇の上演中に座ることはできない。真っ直ぐに立っているより、後ろにもたれることができるだけでもかなり楽なことを、僕は経験している。だから、僕は早めに入って、後ろに柱のある場所を選んだわけ。
芝居が始まる。ヘンリー五世を演じるのはジェイミー・パーカーという俳優。彼の「ヘンリー五世」での演技は、「ザ・タイムズ」の演劇批評欄で、かなり高く評価されていた。
劇はふたりの司教の陰謀から始まる。イングランド王、ヘンリー五世の勢力が教会に及ぼうとしているのを怖れたふたりは、ヘンリーの気を海外に逸らせるために、フランスを支配することの正統性を示す書類をでっち上げ、フランス遠征を勧める。「国内の不満をそらせるために、外国を攻める」、西郷隆盛の征韓論ではないが、世の中によくある話だ。
カリスマ王、ヘンリー五世を演じたジェイミー・パーカー。(グローブ座のHPより転載)