21世紀の人類のための21の思考
まえがき
現在、意味のない情報が溢れている。皆忙し過ぎて、将来について真剣に考える暇がない。しかし、歴史は待ってくれない。我々を無視して、どんどん進んでいく。そんな中で、明確な見解は価値を持つ。この本を通じて、少しでも多くの人が、真剣に未来について考えてもらえたらと思う。「サピエンス全史」は人類の過去について、「ホモ・デウス」は未来について書いた。この本では「現在」、「近未来」に注目したい。
人々は今、身の周りのことについて考えるので精いっぱいである。全体のことについて考えるのは贅沢とも言えるだろう。日々の暮らしに困っている人たちにとって、環境問題など、全体のことは、どうでもよいことだ。しかし、私は敢えて、「全体のこと」について述べていく。環境問題など人類の存続に関わる問題から目を背け、身近なことしか見ていない人々に警鐘を鳴らしたい。歴史は教訓の書である。そして、そこから何を学ぶかは、その読者に任されている。
二冊の本を出版してから、「現在の世界では何が起きているのか?その裏にどんな深い意味が隠されているのか?」という質問を、私は度々受けた。この本はそれに対する答えと言ってもよい。「トランプの台頭は何故?」「フェイクニュースは何故広まるのか?」「民主主義は本当に危機なのか?」こう言った問題について、分析をしていきたい。その際、グローバルな視点に立つと同時に、個人的な観察も忘れないようにしたい。世界的な事項が、個人的な事項といかに密接につながっているのかについても述べたい。「テロリズム」、「民主主義の危機」などを、個人的かつ社会的に、心理学的かつ行動学的に分析していきたい。世界が個人の行動やモラルに圧力をかけることはよくある。しかし、個々の行動が、世界に影響を与えることもある。個人生活にも、グローバルな側面はある。
まず、宗教や政治が崩れ去った後、人々は何を土台に生きて行けばいいのかという点。まずは、その政治的なジレンマについて述べたいと思う。
二十世紀後半、ファシズム、共産主義、自由主義の中から、自由主義が勝利を収めた。「人権」、「市場経済」と言った考え方が、世界を支配した。しかし、これまで、支配的な考え方が、一夜にして崩れ去ったという例は多い。自由主義もその可能性がある。自由主義を脅かしているのは「情報技術」と「バイオテクノロジー」であろう。このふたつは、自由、平等を根底からぐらつかせているように思われる。
この本は五部構成である。第一部は、「情報技術」と「バイオテクノロジー」について述べたい。ビッグデータを持ったエリートが、人々をコントロール、搾取しようとしている。また「情報技術」と「バイオテクノロジー」の融合により、無機的な生命が産まれる可能性がある。それらの危機ついて述べていく。第二部では、第一部で提示された問題に対して、解答を示していきたい。第三部では、技術的な問題、政治的な意見の対立の中で、どうしたら人間は、不安をコントロールできるかについて述べたい。第四部では、正しい行動と、誤った行動をどうして区別するのかについて述べる。最後に第五部では、未来に対する提案をしたいと思う。
「人生の意味」とは何であろうか。これまで、何千年にも渡って、人類はその意味について議論してきた。そろそろ結論を出してもいい頃だと、私は思う。最終兵器の存在、環境の悪化などは、人類をもう待ってくれない。また、バイオテクノロジーやAIは人類をコントロールしようとしている。哲学者が人生の意味についてノンビリ考えているうちに、技術者はどんどん先に行ってしまう。私がこの本の結論として挙げたいことは、この「人生の意味」である。
この本を通じて、知的な旅を始める上で、重要なことを挙げておきたい。私は、民主主義と、自由主義の悪いところ列挙していくが、私はそれらを否定しているものではない。ただ、他にも選択肢があることを述べたいのである。また、一部だけを引用して、私が独裁政治を支持しているように思われることも少し危惧している。読者には、誤解しないようにお願いしたい。