初めての星空

 

上るのが一苦労のケーブルカーの跡。誰が乗ったのか知れないが、よく作ったものだ。

 

僕たちはその日も四時間以上歩いた。しかし、その間、何とひとりの人間にも出会わなかったのである。僕たちは途中、結構大きなリゾートのある湾に降りた。僕たちの住むリゾートほどではないが、ホテルがあり、プールがあり、レストランあり、ひとつの村のような場所だ。しかし、そこにも誰ひとりもいない。これは、かなり異様な光景。

「人類が疫病かなんかで滅亡した後の地球を訪れたら、きっとこんな景色なんやろね。」

と、二日前と同じことを妻に言う。

その日もよく道に迷った。道が分からず、耕された畑の中を、柔らかい土に足を取られそうになりながら歩いたり、道だと信じて歩いていたら崖で行き止まりになっていたり、何度も試行錯誤を重ねつつ、僕たちは昼ごろに、昨日の折り返し地点、「亀のいる池」に着いた。そこで昼食のサンドイッチを食べる。歩いているときはTシャツ一枚でよいが、止まると途端に寒くなって、セーターやジャケットを着る。

昼食の後、僕たちは午前中来た道を引き返す。帰り道は、

「僕たちはもう迷わない!」

状態なので、ペースが速い。

皮が剥がされ、その下に厚いビニール袋が吊り下げられた松の木に出会う。松脂(まつやに)を採取しているのだ。褐色の松脂が手に付くと、ニチャニチャしてちょっとやそっとでは落ちない。昆虫がここに止まったら、「ゴキブリホイホイ」的な状態になるので、逃げられないだろう。この松脂が地面の中で化石になったものが琥珀(こはく)である。

「『ジュラシックパーク』という映画は、琥珀の中に閉じ込められた恐竜の血を吸った蚊の化石から、恐竜のDNAを採取して、恐竜を蘇らせるというストーリーやった。」

そんな「ウンチク」を妻に披露しながら歩く。

 しばらく行くと、山羊の一群に出会った。二日前には羊飼いに会ったが、今回は山羊飼い。百匹以上が山を下りてくるところだった。リーダー格の山羊なのだろうか、数匹は首に鈴を下げていて、その音がカラン・コロンと響いている。山羊はオリーブの葉が好きらしく、オリーブの木の下では、後ろ足で立ち上がって、その葉っぱを食べようとしている。山羊というのは、結構険しい道でも平気で歩く動物で、クレタ島などでは、絶壁の上のとんでもない場所に、山羊の姿を見つけたことがある。遠くに山羊飼いの姿が小さく見える。厳密に言うと、この山羊飼いが、その日トレッキングの途中で見た、唯一の人類であった。

 二時半ごろに、出発したシヴィリの村に戻る。道路の真ん中で犬が昼寝をしている。しかし、今は通る車さえないので、全然危なくないのである。帰り道、またまた静寂の支配する「カサンドラ半島観光の拠点」とされているカセリアの町の、唯一開いていた土産物屋で、土産のウーゾ(ワインの絞り糟から作ったギリシアの酒)と絵葉書を買う。

リゾートに帰って、海岸の寝椅子に横たわってみる。寒くない。風向き、天気が変わり始めたのか、午後から少し気温が上がってきているようだ。例によって「スパ」で温まった後、夕食。レストランからバンガローに戻るとき、空を見上げると、星空であった。初めての星空。明日が良い天気であることを期待する。

 

山から下りて来た山羊たち。結構臆病で、傍に行くと逃げてしまう。

 

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