マーブルクの街
街から眺めたマーブルク城。
雪の中の散歩を終えた後、僕は車でマーブルクに向かった。道路に雪があったのはヴァイデンハウゼンの村の中だけで、国道に出ると雪は消え、普通に走ることができた。僕は、昼前にマーブルクに着いた。その日は、午後二時に、マーブルクから北へ十キロほど行ったキルヒハインの街に住む、クラーク家の人々を訪れることになっていた。その前に、昔住んでいたマーブルクの街を少し見ておきたいと思ったからだ。
僕の住んでいた頃にはまだなかったスーパーマーケットの駐車場に車を停め、エレベーターで旧市街に上がる。マーブルクは丘の上に立つ城を取り巻くように旧市街が出来ているので、旧市街へ上がるエレベーターが二本作られている。立体的な街なのである。
エレベーターを降りる。旧市庁舎の前には、クリスマスマーケットと呼ぶには寂しすぎる、屋台が何軒か細々と出ていた。おまけに天気が悪いせいか、殆ど誰も客がいない。町自体が閑散としている。屋台でブラートヴルスト(焼きソーセージ)を買って食べる。ドイツのソーセージは肉の含有量が多いのか、英国のソーセージより格段に美味しい。
「肉々しい味がいいんだよな。」
そう言いつつ、ブレートヒェン(丸いパン)に挟んだソーセージを食べつつ、丘の上に立つ城に向かう。シャーベット状の雪が残る石畳の坂道。ジギに借りた冬用のブーツを履いていても、滑りやすい。
何度か転びそうになりながら、丘の頂上の城の前に立つ。雪化粧したマーブルクの街が眼下に広がる。反対側の丘の上には、人差し指を立てたような塔が見える。カイザー・ヴィルヘルム塔で、昔よくあそこまで山道をジョギングしたものだ。坂を下りながら、
「マーブルクはもっときれいな町だったような気がするんだけど。」
僕はつぶやいた。今回は、町自体が何となく薄汚く感じられる。もちろん、季節的なものもあるだろう。空は厚い雲で覆われ、辺りは夕方のように薄暗いし、昨夜から雪で道は滑りやすいし。しかし、それ以外にもあるような気がする。それが何であるか僕は考えた。
ひとつは街でやたらと見かける乞食だと思う。僕の住んでいた頃は、街に乞食はいなかった。後でジギに聞いた話だが、乞食は殆ど、東ヨーロッパの国々から来た人たちであるとのこと。
それと、もうひとつは、あちこちに見受けられる「グラフィティ」「落書き」である。僕の住んでいたころにも、確かに駅の建物や停まっている列車に落書きはあった。しかし、今回、教会や歴史的な建物にまで落書きがしてあるのを見て、これはいただけないと思った。
寒くなったので、大学の「メンザ」(学生食堂)に入り、椅子に腰かけて少しウトウトする。午後一時半、マーブルクを出て、キルヒハインに向かう。クラーク家では、ヘルガと彼女の孫のエミリーが迎えてくれた。少しして、ヘルガの娘のミリアムが、息子のベンを幼稚園から連れて帰って来た。ベンはサンタクロースの形のチョコレートを僕に見せて言った。
「オンケル・モト(モトおじさん)、これニコラウスに貰ったの。」
逆に城から眺めたマーブルクの街。