ニコラウスの夜

  

現在のフランクフルト中央駅と、「アルプスの少女ハイジ」の駅のシーン。

 

僕は前日からドイツに来ていた。今年中に引っ越しをするつもりで、僕はそのために、会社の四日間の有給休暇を残しておいた。しかし、十一月末になって、引っ越しが来年に延びることが分かった。四日間の有休を十二月中に、それも、皆が休みを取るクリスマスの前に消化しておかねばならない。どうしようかと考える。

「そうだ、ドイツのクリスマスマーケットを見に行こう。」

僕は思い立った。ドイツのクリスマスというのは、英国や日本のように、商業化されず、チャラチャラしていないで、伝統と威厳を保っている。なかなか良い雰囲気なのである。その雰囲気が僕は懐かしくなった。

僕は急いで、ドイツの友人たちにメールを書いた。ヴァイデンハウゼンという村に住む、ジギとマーゴット夫妻が、泊まってもいいよと言ってくれた。それで、彼らの家に三泊、フランクフルトのホテルに一泊する予定で、十二月五日の朝、ロンドン、ヒースロー空港からフランクフルト行のルフトハンザ機に乗った。フランクフルトは霧ということで、僕の乗る飛行機は一時間ほど遅れた。ラジオによると、台風のような低気圧が接近中で、英国北方の空港は閉鎖になっているとのことだが、幸いロンドン近辺に影響は出ていない。

フランクフルト空港で降り、まず「Sバーン」(近郊電車)で中央駅に向かう。フランクフルトの中央駅は、「アルプスの少女ハイジ」のアニメにも出て来る、カマボコ型のガラス張りの屋根の並ぶターミナル駅。典型的なドイツの大都会の駅である。駅のコンコースにはクリスマスツリーが飾られていた。飛行機の中でのアナウンスによると、フランクフルトの気温は摂氏一度、駅の前には屋外のビアガーデンがあるが、もちろん客は誰もいない。

フランクフルトから、マーブルク行の列車に乗る。「ミッテルヘッセン・エクスプレス」(中部ヘッセン急行)と書かれた赤い列車だが、「エクスプレス」とは名ばかり。殆どの駅に停まるし、おまけに途中のギーセンでは、切り離しのために二十分の停車。車だと一時間で行く距離を、一時間半以上かかってマーブルクに到着する。「急行」の名前が泣くよ。

午後三時にマーブルク中央駅に降り立つ。僕が六年間住み、僕の三人の子供たち全員が生まれた小さな大学町。子供たちは、色々な書類の「出生地」の欄に、「Marburg / Germany」と書くことを、一生義務付けられているのだ。

駅前のレンタカー屋で予約しておいた「フォルクスヴァーゲン・ポロ」を借りて、二十キロほど離れた、マーゴットとジギの住む、ヴァイデンハウゼン村に向かう。ラジオでは「ニコラウス」が話題になっている。ニコラウスというのは、赤い着物を着て白いひげを生やした、いわばドイツ版「サンタクロース」、ドイツでは十二月五日から六日の夜に現れるのだ。

「サンタクロースが十二月の初めに来ちゃったら、クリスマスには誰が来るの?」

とドイツ人の子供に聞いたことがある。答えは、

「クリスティキント!(キリストの赤ん坊)」

ぬぁ〜るほど。

 

僕が寝ていた、ジギとマーゴットの家のコンザバトリー。ここにもクリスマスの飾りつけが。

 

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