エッフェル塔の上の満月
セーヌ川。ロンドンのテムズ河に比べ川幅が狭いが、それだけに親近感が増す。
金曜日、朝起きて、星空の下をホテルの周りを散歩した後、朝食を取りに階下の食堂へ行く。もう七時を回っているが、辺りはまだ真っ暗、朝の光はどこにもない。団体旅行客が昨夜から泊まっているのか、食堂は混んでいた。日本語も聞こえる。
空いたテーブルを捜して、バイキング形式の朝食を始める。隣の席には、僕の義父母と同じような年齢、つまり六十代後半か七十代前半の日本人の夫婦が座っていた。
「今回はどちらを回られているんですか。」
と聞いてみる。
「ドイツとスイスとフランスと英国。」
とのこと。
「随分盛り沢山ですねえ。それで何日くらいで。」
と更に聞くと、出入りを含めて計八日間であるという。しかし、そんなことが物理的に可能なのだろうか。往復の飛行機を除けば正味六日間。各国間の移動の時間だってあるのに。
日程を聞いてみると、昨日は朝ジュネーブを列車で出て、午後パリに着き、それからモン・サン・ミッシェルへ行ったとのこと。パリからモン・サン・ミッシェルまでは片道三時間はかかる。昨夜、このホテルへの到着はずいぶん遅かったことだろう。今日はこれから半日パリを観光して、午後の列車でロンドンへ向かうとのこと。明日は、ロンドンを半日観光して、午後の飛行機で日本に戻るという。
「ひえ〜、パリ、ロンドン、各々半日ずつですか。」
でも、半日で一体何を見るのだろう。ルーブル美術館を見るだけで半日はかかるのに。しかし、日本人の団体観光客というのは、聞きしに勝る超強行軍。
「今までで、どこがよかったですか。」
と聞いてみる。
「いやあ、忙しすぎて、味わっている暇がありませんわ。」
とご主人。
「短時間で色々回りすぎてどれがどれやら分からんようになってきました。後で写真を見てゆっくりと思い出しますわ。」
と奥さん。きっとそうでしょう。
「そうそう、昨夜観光バスがエッフェル塔の横を通ったんです。エッフェル塔の上にちょうど満月が出ていて、それが綺麗でしたわ。」
とご主人は付け加えた。
珍しく、アーロンが九時きっかりに迎えに来て、十分後にはその日の仕事が始まった。その日は、顧客から送られてくるトラックの受け入れと、その貨物のコンピューターへの登録。最初はオフィスにいて、倉庫のエリック達と電話で話していたが、まどろっこしくなり、ラップトップを持って倉庫へ行き、倉庫でエリックと荷物の横で作業をした。
エッフェル塔の下でエッフェル塔のミニチュアを売る、アラブ系のお兄ちゃん。