「眼球コレクター」
原題:Der Augensammler
2010年
<はじめに>
二〇一〇年に発表されたフィツェックの第六作。今回も、現代の科学で普通には説明できない、不思議な出来事が起こる。盲目のマッサージ師アレナ・グレゴリエフは、患者に触っただけど、その人物が過去に体験したことが見えるという。彼女は、ある日、不思議な男性患者の身体に触った。そして、彼女は、その男の見た光景から、彼が連続殺人犯人であると信じる。この不思議な出来事に、最後はどのような説明がなされるのか、まずは読み進むしかない。
<ストーリー>
警察官、アレクサンダー・ツォルバッハは、赤ん坊を誘拐した女性と交渉している。その女性は、中絶手術の失敗で子供を産めない身体になり、精神に異常をきたし、赤ん坊を誘拐する事件を何度か起こして精神科の病院に収容された。そして、今回病院から退院したのち、また同じ事件を起こしたのであった。折しも、彼女の誘拐した赤ん坊は、眠ると自分で呼吸ができなくなる「ウンディーネ症候群」であった。女はその赤ん坊に子守歌を唄い眠らせようとしていた。ツォルバッハは、赤ん坊が眠りに陥る寸前に女を射殺する。
七年後、ツォルバッハは警察を辞め、ある新聞社で犯罪事件の記者として働いていた。七年前、女性を射殺したことによるトラウマが元で、警察官としての職業を続けることができなくなったのだ。彼は息子で十歳になるユリアンと、子供専用のホスピスを訪れ、そこに収容されている子供たちにプレゼントを配っていた。ユリアンがコーラを飲みたいというので、ツォルバッハは自動販売機へ行く。しかし、財布が見つからない。彼が財布を自分の車まで探しに行くと、警察無線が事件の発生を告げている。「眼球コレクター」がまた新しい事件を起こしたという。その「眼球コレクター」というあだ名は、ツォルバッハが自分の書いた記事の中でつけたものであった。
「眼球コレクター」による連続殺人が、当時、世間を震撼とさせていた。そのパターンは、母親を殺し、子供を連れ去り、父親に限られた時間内に子供を捜させるというものであった。母親の死体の傍には、カウントダウンをするようにセットされたストップウオッチが遺されていた。そのストップウオッチは四十五時間がセットされており、ストップウオッチがゼロを指す前に探せなかった場合は、子供は殺され、その左目が取り去られるというのがパターンであった。そのような事件が既に三度起こり、いずれも警察は制限時間内に子供たちを捜しだせず、子供たちは全員殺され、死体で発見されていた。そして、今、同じ犯人による四番目の事件が起こったのだ。ツォルバッハは息子をホスピスに残し、現場へと向かう。
殺人現場には、ツォルバッハのかつて同僚、フィリップ・ストーヤがいた。彼はベルリン警察殺人課の警部で、今回の連続殺人事件の捜査本部の責任者であった。今回はルチア・トラウンシュタインという女性が殺され、トビアスとレアという双子が連れされていた。死体は庭の芝生の上に転がされ、首が九十度に折れ曲がっていた。そして、傍にはストップウオッチが置いてあった。それはほぼ四十五時間を少し切った時間を示していた。ツォルバッハは現場を訪れる。ストーヤは、まだ外部に公表していない殺人事件の現場に現れたツォルバッハを訝しく思う。
翌日、ツォルバッハは精神分析医を訪れていた。彼は、かつて女性を射殺したことが心の傷となり、治療を受けていたのだった。その治療を終えて外に出たツォルバッハに、新聞社の若い社員、フランク・ラーマンから留守電が入っていた。ラーマンに電話をすると、ツォルバッハの亡くした財布が見つかったという。ところが、その見つかった場所は、昨夜女性の死体が見つかった芝生のすぐ横であった。ツォルバッハはストーヤ警部に電話をする。そして、自分に警察の嫌疑が向いていることを知る。
ツォルバッハは、このような時に備えて、秘密の隠れ家を用意していた。それは森の中の湖に浮かぶ居住用のボートであった。彼は、警察から逃れるために、森の中に車を隠し、そのボートに向かう。その場所は、彼の他は誰も知らないはずであった。しかし、彼がそのボートの中に入ると、先客がいた。それはアリナ・グレゴリエフと名乗る盲目の若い女性であった。マッサージ師をやっている彼女の元を、「眼球コレクター」の男が訪ねてきたという。彼女は、
「自分には、触った人間の過去の記憶が分かるという特殊能力がある。」
という。彼女は、「眼球コレクター」の目から見た、殺人事件の様子を語る。彼女は、「自分が」女性を殺したあと、ストップウオッチをセットしたという。アレナの語ることは、既に、新聞やテレビで報道され、周知となっている事柄であった。ツォルバッハは、最初彼女の言うことを信用しない。彼女は、そのとき、ストップウオッチを自分が、つまり犯人が、四十五時間と七分からスタートさせたと言った。ツォルバッハはストーヤに電話をし、ストップウオッチに最初セットされていた時間を確認する。そして、アレナの言うことが事実であることを知る。ツォルバッハはアレナの言うことを信じ始める。一方、ストーヤはまだ発表されていない事実を知っていたツォルバッハを、容疑者として指名手配をする。
アリナの記憶の中に、殺された女性の夫が、「自分」に対して話しかけるというシーンがあった。それが本当だとすると、夫は犯人と顔見知りであったことになる。ツォルバッハはアリナを連れて、夫の元に向かう。泥酔した夫は、妻が不倫を繰り返していたこと、行方不明になっている子供たちは、自分の子供ではないと言う。ツォルバッハは、この犯罪の動機が、不倫をした母親に対する懲罰というものではないかと考え始める。
アリナが家に戻ると、誰かのいる気配。
「これ以上首を突っ込むのはやめろ。」
ある人物がアレナにそう警告する。その後、彼女は殴り倒され気を失う。そこにツォルバッハが現れる。彼は、アリナの家の前にある美術商の監視カメラの画像を持っていた。彼らはそれを見る。アレナが「眼球コレクター」をマッサージした時間、その画像に自分とそっくりな服装をした男が写っているのをツォルバッハは発見する。コートのフードが顔を隠している。その男は道端の乞食に小銭を恵んでいる。乞食はその男の顔を見ていた。ツォルバッハはその乞食を捜しだして、「眼球コレクター」の正体を突き止めようとする。彼は、近くの酒場でその乞食、ライナスを見つける。しかし、ライナスは明瞭な言葉が話せない。かろうじて、その男が駐車違反の反則切符を切られていたことだけ分かる。ツォルバッハは部下のフランクに電話をし、当時の駐車違反の記録を調べるように依頼する。
その頃、一通のEメールが、ある女性に届いていた。その差出人は、自分が世間で「眼球コレクター」と呼ばれる人物であると述べる。しかし、自分は「コレクター」ではなく、「かくれんぼ」という最もポピュラーなゲームしている「プレーヤー」であると言う。そして、自分がどのようにして、時間制限付きの「かくれんぼ」を始めるに至ったかについての経緯を語る。彼は子供の頃、年下の弟と共に父親の愛情を試そうとして、冷蔵庫の中に隠れた。その冷蔵庫は中からは開けられないようになっていた。母親は数日前に男を作って家を出て行き、彼らは父親と一緒に住んでいた。しかし、父親は、子供たちは母親が連れ去ったものだと思い込み、彼らを捜さず、飲みに行ってしまう。四十五時間と七分後、警察によって冷蔵庫の扉が開けられたとき、弟は既に窒息死していた・・・
<感想など>
章が、多い物から順にカウントダウンされていく。最初がエピローグで最後がプロローグである。この物語は「カウントダウン」である。最初に殺人事件が起き、子供が連れ去られる。救出までの制限時間は、四十五時間と七分。どんどんカウントダウンが進み、残り時間が少なくなっていく。各章は「制限時間まであと何時間何分」という言葉から始まる。降順の章立ては、物語の「カウントダウン」の流れに沿ったものである。フィツェックの作品も、第六作になり、かなりパターンが固定化されてきているように感じる。「犯罪」>「超自然現象」>「その解明」というパターンが、ここ三作に共通したパターンになっている。
「かくれんぼ」というのはどの国でも共通の遊びであるらしい。基本的に、これは「制限時間までに見つけられないと死んでしまう」、「命のかかった」かくれんぼの話である。
フィツェックの作品は、どれも一見「超自然的」な出来事が起こり、それが「科学的」に解明されていく。今回は盲目のアリナが、どうして他人の記憶をその人物に触ることにより獲得できたか、ということが焦点になる。最後にはきちっと「な〜んだ」という説明がされている。
盲目のマッサージ師アリナの盲導犬の名前がトムトムというのには笑った。トムトムとは欧州で良く使われている「カーナビ」のメーカーである。盲導犬>カーナビ>トムトムという発想、これは面白い。
(2014年11月)