ちょっとウザイよ
大統領府のバルコニーに立つエヴァ。
「エビータ」のポスターが、街中の地下鉄の駅に貼られている。ポスターには、もちろんエヴァを演じる女優、マダレナ・アルベルトが登場しているが、そこに写っているもうひとりは、フアン・ペロン役の男優ではなく、このチェなのだ。この人物、ベレー帽をかぶり、戦闘服を着ている、つまり、あの「チェ・ゲバラ」と同じ格好。「あの」と言っても、今では分からない人が多いだろうな。ゲバラはアルゼンチン出身で、キューバ革命の際のゲリラの指導者であった。劣勢にあったカストロの率いる革命勢力を、勝利に導いた立役者なのである。かつて学生運動が盛んであった頃には、ゲバラは左翼の学生のアイドル的な存在であり、ゲバラの顔の入った赤いTシャツを着ている若者も多かった。
しかし、どうしてチェ・ゲバラに似た、しかも同じ名を名乗る人物がこのミュージカルに登場するのか、これは、全くもって不明である。この人物、「神のように」あるとあらゆるところに、馴れ馴れしく出てきて、色々とちょっかいを出し、ちょっとうるさい。
「ちぇっ、あんた、ちょっとウザイよ。」
と言いたくなる。なかなか面白いミュージカルだったが、唯一の難を言えば、この「チェ」という人物がちょっと目障りだったことかな。このチェを演じるのは、英国人のマルティ・ペローという俳優。スミレの話によると、歌の世界では、結構有名な人であるらしい。澄んだ声ではなく、かなりハスキーな声で歌う。
舞台は、史実に忠実に作られている。農村に暮らすエヴァは、タンゴ歌手の男をそそのかし、彼と一緒に故郷を出てブエノスアイレスに向かう。そこで、女優業とラジオのアナウンサーを始める。彼女はパーティーの席で、青年将校のフアン・ドミンゴ・ペロンと知り合い、それまで彼がつきあっていた愛人を追い出し、後釜に座る。彼が逮捕されたとき、エヴァは民衆に訴え、その民衆の圧力でペロンを釈放させる。ふたりは結婚し、彼女は「エヴァ・ペロン」を名乗る。そして、大統領選。フアン・ペロンは当選する。エヴァは大統領夫人に。グレース・ケリーが女優からモナコの王妃になったが、エヴァはその先駆けのような存在なのである。
最初、エヴァは黒い髪で登場し、ブエノスアイレスに出てからは金髪で登場する。エヴァを演じるマダレナ・アルベルトというポルトガル出身の女優さんは、元々は黒い髪の人。ブエノスアイレス時代のエヴァを演じるときには金髪のかつらをかぶっている。彼女は、それほど透明感はないが、丸みがあるというか、暖かい声の持ち主である。
一時間ほどでインターミッション、中休みとなる。アイスクリーム売りが、通路を歩いている。結構テンポが速く、退屈している暇のない展開である。
第二幕、大統領に当選したフアン・ペロンが大統領官邸のバルコニーから就任の演説をする。そして、その後、バルコニーの下に集まった民衆の、
「エビータ、エビータ」
という「エビータ・コール」の中、キラキラと輝く白いドレスに身を包んだエヴァがバルコニーに登場する。そして、「アルゼンチンよ泣かないで」を唄う。この劇のクライマックス。面白いのは、観客に、大統領官邸の前に集まった民衆の「役」をやらせること。証明が、観客席をクルクルと照らし、歌が終った後の観客の拍手は、そのまま民衆の拍手となるのである。
カーテンゴールに応じる出演者たち。観客はスタンディング・オベーション。