エビータとアルゼンチン

ミュージカルは、エビータの葬儀のシーンから始まる。

 

このミュージカルの主人公「エヴァ・ペロン」、通称「エビータ」は、一九四六年にアルゼンチンの大統領に当選したフアン・ドミンゴ・ペロンの妻、つまり当時のアルゼンチンの「ファースト・レディ」である。

「アルゼンチン」と言えば

「マラドーナ!メッシ!ええと、他に何かあったっけ?」

そんなもの。つまり、ほとんどサッカーでしか話題に上らない国である。

「国民がみんな男の国はでどこでしょう?」

「アルゼンチ〜ン!」

僕の子供のころ、そんな「なぞなぞ」があった。

英国でも「メッシの国」、「フォークランド紛争の相手国」、それくらいしか知られていないと思う。この国、何とこれまでに六回、債務不履行、つまり国家財政の破綻、平たく言えば「借金の踏み倒し」をやった。そして、六回目の債務不履行は二〇一四年、つまり今年またまたやってくれたのだ。

「いい加減にしなさい。」

と言いたい。また、この国は一九八八年に五千パーセントのインフレーション、つまり一年間でモノの値段が五十倍になるという目にも遭っている。国民は困ったでしょうね。

そんなアルゼンチンも、歴史の中で、世界の中でも最も裕福な国のひとつとして輝いたことが一度だけある。その頂点が、フアン・ペロンの大統領第一期、つまりエビータの時代なのだ。第二次世界大戦中、戦場となったヨーロッパでは、農地は荒れ果て、働き手は兵役に取られ、ヨーロッパの農業は疲弊した。戦火から離れた場所にあったアルゼンチンは、農産物をヨーロッパにバンバン輸出して、膨大な外貨を得た。アルゼンチンは世界でも有数の富を蓄えた国ととり、首都ブエノスアイレスは世界でも有数の魅力に溢れた街になった。そんなアルゼンチンが輝いた時期、フアン・ドミンゴ・ペロンは大統領に当選し、エヴァは大統領夫人となった。

当選の後、大統領官邸のバルコニーから、エヴァが国民に向かって唄うのが「アルゼンチンよ泣かないで」である。彼女は単に大統領夫人としてだけでなく、アルゼンチンのアイドル的な存在、いやそれ以上に崇拝の対象でさえあった。(彼女が死んだあと、彼女を「聖人」に列せようという運動があったくらい。)

僕は、かつて、エヴァ・ペロンの伝記を読んだことがある。ジョン・バーンズとい人が一九七六年に書いた本だが、これまで読んだノンフィクションの本の中でも、格段に面白く、気に入って繰り返し読んだ。

本当に波乱万丈の生涯。貧しい農家に生まれ、ブエノスアイレスで女優業とラジオのアナウンサーを始めたエヴァが、パーティーで若手の将校フアン・ドミンゴ・ペロンに見初められる。彼が大統領に立候補すると、彼の分身となって選挙活動を進め、大統領夫人になった後は、独自の基金を作って貧しい人々を助け、聖女のように崇められる。また、大統領の代理として、ヨーロッパを歴訪したりもしている。(スペインの独裁者フランコ以外からは余り相手にされず、腹を立てて帰ってくるのであるが。)

主要な登場人物。フアン・ペロン、チェ、エヴァ・ペロン、彼女の兄