アカデミック・ファーザー
「お父さん」と呼ぶには余りにもお若い「アカデミック・ファーザー」と。
ホールで話していると、ひとりの男の子が寄ってきて、スミレの肩を叩いた。彼はスミレの「アカデミック・ファーザー」、つまり「お父さん役」だという。カレッジには、上級生がお父さん、お母さん役を買って出て、新入生の世話をするという伝統があるらしい。スミレと「お父さん」は、かなり早い段階から互いにコンタクトを取っていたとのこと。しかし、会うのはもちろん今日が初めてだ。
「『お子さん』は何人おられるのですか。」
とそのポルトガル人の若者に尋ねる。
「『息子』と『娘』が三人ずついいます。」
ということだった。これからの彼が色々とスミレの世話をしてくれるのだろう。
その後、もう一度、マーケット広場のスーパーへ追加のアルコールの買出しに行った。相変わらず激しい雨。荷物を持って歩いていると、ずぶ濡れになってしまった。
ダーラムはスコットランドに近い。ダーラムに来てスミレが指摘したのは、川の水が褐色に濁っていること。これは別に公害ではない。スコットランドの土壌はピート(泥炭)質が多く、そこを流れる川は皆濁っているのだ。
スミレと分かれる。ハグをするが、新しい環境に置かれることが、何となく不安そうだ。しかし、今日の夕方になって、新入生同士で酒でも飲んで話を始めれば、そんな心配など三千光年の彼方に吹き飛んでしまうものなのだが。
僕は、自分が始めて京都の親元を離れ、金沢で大学に通い始めた頃のことを思い出していた。本当に、毎日何が起こるか自分でも予想がつかず、それがすごく楽しかったという記憶がある。初めて故郷を離れた新入生、ちょっと不安なのは皆同じなのだ。だから、自然に話が弾み、あっと言う間に仲良くなれるものなのだ。
午後一時半、マユミと僕は車でダーラムの町を後にする。ダーラムは、古く重厚な街並みと若者のコントラストがなかなか良い街だった。もう少し長く居たい気がするが、明日もまた仕事がある。早めにロンドンに戻らねばならない。また改めて、ゆっくりと訪れることにしよう。
相変わらず激しい雨の中を、今度は南へ向かって走る。BMWはこんなとき、道路にピタッと張り付いたような感じで走ってくれるので、気持ちが良いし安心だ。日曜日の午後で車が多く、大きな町の傍に来ると必ず道が渋滞した。それでもほとんど休憩なし、妻と交替で運転を続け、七時半に帰宅できた。往復千キロの運転は思っていたよりも楽だった。妻と交替で運転できるならば、次回も車で行ってみようと思う。
息子と義母にダーラムの話をする。ふたりとも、一度訪れてみたそうだった。
この後、二日間働いた後、水曜日から、エーゲ海のロードス島に向かうことになる。
雨の中を今度はひたすら南へ向かって走る。何も見えない。