人気のない町
ダンケルクのヨットハーバー、夜景。それなりに美しい場所もあるのだが。
昨年二度訪れた際のダンケルクは、人通りの少ない町という印象だった。
「ダンケルクは人気(ひとけ)のない町だ。」
僕はそう思った。最初、顧客から僕の会社が請け負ったのは、生産ラインで使う機械を制御するソフトウェアだけだった。しかし、昨年の終りごろ、顧客から、コンピューター技術者の派遣の話が来た。技術者は最初顧客が自前で採用することになっていたのだが、思うように人材が集まらないのが理由だった。
僕は「人捜し」の第一歩として、ダンケルクの近くのリールで働いたことがあり、現在は英国に住んでいる知り合いの技術者に様子を聞いてみることにした。仕事の帰りにパブで彼女と会って話を聞く。
「ダンケルクねえ、あそこで働きたいという人はいないでしょうね。」
と女性エンジニアのTさんは言った。
「ええっ、そんなに印象悪いの。」
「天気は悪いし、風は強いし、湿度は高いし、街は綺麗じゃないし、土地は平らで変化はないし。」
Tさんの口からは否定的な言葉ばかりが出てくる。英国人にとってはごく普通の気候と風景なのだが、マルセイユ、リヨン、ニース、アヴィニヨンなど、暖かくて、綺麗な場所がいっぱいあるフランスでは、やっぱり敬遠されるのだろうな。
「そうか、ダンケルクは人気(ひとけ)も人気(にんき)もない町なんだ。」
と僕は言った。
やっと技術者を見つけて、顧客の工場に送り込む。数週間経って、彼と話した時、
「何処で働いているのと誰かに尋ねられたら、『ダンケルク』じゃなくて『リール』で働いていると答えることにしてるんだ。どうしてそんなところでって聞かれるの、分かってるから。」
と彼は言った。何とも、ダンケルクは徹底的に人気のない場所なのであった。
そんな、人通りの少ないダンケルクの街が、人で溢れたのを一度だけ見たことがある。今年の二月十六日、四度目に訪れたときのことだ。プログラマーのYさんとFさんと一緒に、いつものように、昼過ぎにダンケルクの駅に降り立ったが、いつもと様子が違う。まず駅前にタクシーが一台もいない。コスプレのような格好をした人々が大勢駅前をうろうろしている。その日はカーニバルの最終日だったのだ。
三十分ほど待って、やっとタクシーを捉まえ、僕たちは郊外にある顧客の工場に向かった。夜になり、ダンケルクの市街に戻り、三人で夕飯を食べに出かけた。どのレストランもバーも、その夜は満員。やっとテーブルのひとつ空いたレストランを見つけて中に入る。他の顧客は皆「コスプレ」の中年のおじさん、おばさん。カーニバルのとき、フランスでは、女性が男性の格好をし、男性が女性の格好をするらしい。女性が男性の格好をするのはまだ許せるけれど、男性が女性の格好をするのは、何ともグロテスク。僕たちが食事をしている横に、かつらをかぶって、化粧をした、太ったおじさんがやって来た。彼(彼女)が若い女性のYさんの前でコートの前を開けた。ボディースーツというのだろうか、女性の下着を着けている。
「やめて!気色悪い!見たくない!」
カーニバルの仮装パレード。ちょっと見たくない人も混ざっている。