難しいのは
鴨川の河川敷にも、お花見の人々が現れ始めた。
四時過ぎに、僕はストレッチャーで手術室に運ばれた。寝たまま運ばれるというのは、滅多にないことで、カーブを曲がるたびに、ちょっとクラッとくる。テレビ番組の「ドクターX」みたいに、幾つかの自動扉を抜けて手術室に入る。僕がまず驚いたのは、そこにいる人々の数だった。医師、看護師、合わせて十四、五人はおられたと思う。
「結構大掛かりな手術なんや。」
と改めて思う。後で支払いの時知ったのだが、手術自体は百二十万円の費用がかかるという。(もちろん健康保険があるので、全額支払うわけではないが。)
「やっと、ここまで来た。」
一月の初めに日本に来て、やっと本来の目的なたどり着いたと思うと感慨深い。
心臓の手術にもかかわらず、手術は局部麻酔だった。頸と足の付け根から二本の管(カテーテル)を入れ、それが心臓まで達し、管の先に仕込まれた器具を使って手術が行われる。足の付け根から管を入れるので、朝入院してまずされたことは、下の毛を剃ることだった。
「局部麻酔なら、ひょっとして、モニターに映った手術の様子が見えるかも。」
そんな期待は、顔の上にテントのような布で覆われたとき、失われた。麻酔の注射が、首筋と足の付け根にされる。痛いと思ったのはこの時だけだった。
「じゃあ、管を入れますね。」
執刀医が、結構力を入れて、グイグイと管を押し込んでいることは、身体にかかる圧力で分かる。胸の辺りで、ゴソゴソと何かが動き回っているのを感じる。聞こえるのは、医師たちの話声と、ピーピーという自分の心臓の鼓動の音。早くなったり、遅くなったりしているのが分かる。
一時間半ほどで、手術は終わり、僕は病室に戻された。看護師の女性が、
「四時間は平らに寝たまま、四時間たったら、ベッドを三十度まで上げていいです。」
と説明してくれる。最初は絶対安静。動けないので、携帯のポッドキャストで番組を聞いていた。トイレはどうするのかと思っていたら、ベッドの横にかけてあるボトルを、自分で股の間に挟んでしてね、とのこと。手は動かしていいので、そのぐらいできるのだ。今回の入院治療で、一番難しいと思ったのがこれだった。
「寝たままおしっこをするのは本当に難しい。」
小便は、重力があるから下の方に出すのは容易いが、寝たまま、平行な状態で、横に出すのは理にかなっていないのだ。八時ごろ、I医師が来られて、
「手術は成功、何もなければ、明日昼過ぎに退院していいですよ。」
と言われた。午後十時になって、ベッドが少し傾けられるようになり、軽い食事をすることができた。十一時ごろになり、僕はそのまま眠ってしまった。腕に点滴を刺し、胸に心電図のケーブルを付けたまま眠るのは、ちょっと変な感じ、熟睡はできなかった。