京都?北海道?
僕が京都に着いたのは大寒波と大雪の真最中だった。写真は福井の北陸自動車道。
関空から京都まで自分で運転するのは初めてだが、ナビもETCも付いているので、運転はスムーズで快適だった。外国からの到着者は、公共交通機関を使えない。電車、バスはもちろん、タクシーもダメ。ハイヤーはオーケーだが、調べたところ、関空から京都まで四万円くらいかかるということだった。後は、家族や友人に迎えに来てもらうか、レンタカーを借りるしかない。僕はレンタカーを選択、予約を入れ、日本の運転免許を持っていないので、国際免許証を取ってきた。
雪の舞う中、二時間ほどで京都のGさんの家に着き、荷物を降ろして、近くの営業所までレンタカーを返しに行く。到着後十四日間は「隔離期間」だ。住所を厚生労働省に登録し、原則的にそこを離れることはできない。「全く家を出るな」と言うと、
「食料品の買い出しや、銀行にも行けないの?どうやって食べていくのよ?」
と言うことになるので、一応「原則的」にいう言葉が使われている。まあ、近くのスーパーへ行くことくらいは許容範囲だろうと、僕は勝手に理解している。
僕は隔離期間、友人のGくんの家の離れを使わせてもらうことになっていた。自宅滞在はもちろんオーケーで、僕は母の家に住民票があるので、母の家に滞在することは可能であった。しかし、ここが今回「一番問題になり、困ったこと」だった。僕が飛行機の切符を取った時、出国前のPCR検査は義務付けられておらず、到着時の検査も精度の劣る抗原検査、三日間の強制隔離もなかった。そんな状態で、高齢の母の家に、
「ただいま〜」
と帰えるのは、非常にためらわれた。ご存知のように高齢者のコロナ死亡率は高い。
「ホテルに十四日間滞在するのも仕方がないかな。」
と思っていたところに、友人のGさんが、
「うちの『離れ』が空いてるから、そこに住んでいいよ。」
と言ってくれたのだ。非常に有難い申し入れだった。
さて、Gさんの家の離れに落ち着いて、一番に驚いたことは、京都、いや日本中がメチャ寒いということであった。
「ええっ、ここホンマに京都なん?北海道ちゃうの?」
着いた日の午後、京都の気温は零度、そして、Gさんの離れの中の温度もおそらく零度だった。京都の旧家というのは、往々にして寒さ対策は余り考えられていなのだ。到着後、僕は電気じゅうたんの上に寝転び、布団を被って数日間過ごした。
「京都ってこんな寒かったかなあ。」
と、同じく京都に住む従姉妹のSちゃんにメールをする。
「三年前に京都に帰ってきてから、今日が一番寒いわよ。鴨川が凍ったの。」
と彼女。とんでもないときに帰って来たもんだ。日本海側は記録的な大雪とのこと。しかし、久々のビールと、ハマチの刺身の夕食は、涙が出るほど美味かった。