波の模様
波の模様、二度と同じパターンは現れない、一度きりの芸術。
帰る前日、今回のコーンウォール滞在における、それぞれのハイライトを挙げてみた。
「ロブスターも美味かったよな。これがナンバー・スリーかな。」
「海岸のお花畑もきれいだった。これがナンバー・ツー。」
ミドリは「アザラシと一緒に泳いだこと」を一番に挙げた。ここで、僕のナンバーワンを発表する。それは「波の模様」の美しさだった。これには感動した。打ち寄せる波が、青い海に白い模様を描いていく。その緻密さ、美しさを、言葉にして表すのは難しい。
八日目、僕たちは、住んでいるペランポートから、西側の海岸線を歩き始めた。街を出ると、丘の上にユースホステルがあった。ホステルには人気がない。閉まっているのだと思われる。そこから、ペランポートの街が見下ろせた。ちょうど、西から強い風が吹き、ペランポートの湾と、砂浜には、幾重にも重なる白い波が打ち寄せていた。
「波というのは、芸術の永久のテーマやなあ。」
僕は思った。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を始め、これまで古今東西の画家たちが、波を絵のモティーフにしてきた。波とは本当に奥深い、美しい物だと思う。僕は打ち寄せる波を見ているのが好き。飽きないし、時間の経つのを忘れる。本当に、この日見た波は、美しかった。自分も、一度、その波の美しさを、絵に表現したいと思う。しかし、水の表面を絵に表わすというのは、本当に難しいものだ。
ペランポートからの海岸線を、西に向かって歩くと、かつての鉱山の跡に出会う。鉱道に入るトンネルの入り口や、そこに働く人々が住んでいたと思われる集落の跡に出くわす。コーンウォールが昔鉱業で栄えていた頃が偲ばれる。斜面を覆う石が、黄色味を帯びた場所がある。おそらく、特定の鉱物が含まれた場所なのだろう。前日の雨は上がっているが、まだ風が強い。そして、その風が、海の表面に、何層もの波の模様を描いている。
一時間半ほど海岸線を歩いた後、鉱山の跡で、次の街であるセント・アグネスまで行ってみるというスミレと別れて、妻と僕とミドリは戻り始める。何とか、風が避けられる場所があったので、そこに座って昼食を取る。朝、メインストリートの店で買ってきた「コーニッシュ・パスティ」。肉や野菜が入った、実沢山のパイである。まだ、ほのかな温かみがあって美味しかった。握り飯でも、サンドイッチでも、海を見ながら食べるものは全て美味しい。
「乾杯!歩いた後のビールは美味いよなあ。」
トレッキングから戻った僕たちは、庭に籐椅子を並べて座り、ビールを飲み始めた。歩いているときは、雲も多く、風も強かったが、夕方になり、天候は回復し快晴、風も止み、外に座っていても気持ちが良い。
「ミドリ、お前、随分日に焼けたよな。」
と娘に言う。海岸線は紫外線が強いのか、僕も顔が少しヒリヒリする。今回、九日間で雨に降られたのは二日だけ。天候には、恵まれた。
そして、波をバックにした花々も可憐である。