アザラシと一緒に
セント・アイヴスは明るい感じのする場所だった。
六日目、セント・アイヴスに行った。セント・アイヴスは、コーンウォールの町々の中でも、かなり大きい方。僕も昔、RさんとMさんと一緒に来たことがある。息子と四人で、テート美術館の分館で、ランチをしたことを覚えている。ロンドンにある有名な美術館の分館が出来るほど、大きな町なのである。
街を見下ろす丘の上にある駐車場に車を停め、そこからシャトルバスで港まで坂道を下りる。ここも、砂浜を取り囲む斜面に広がる、典型的なコーンウォールの街並みである。しかし、家々が白かパステルカラーに塗られていて、格段に明るい印象を受ける。また、街を歩いていると、画廊、画商が多いことに驚く。ポッシュな雰囲気の街だった。
「ここの辺りにも貸別荘があったんだけど、どれも高いのよね。」
と妻が言う。美術館もあるし、どうやら、上流階級の住む土地のようだ。
街を通り抜け、左側の海岸に沿って歩き出す。前日、妻は午後のトレッキング中に足首をネンザしたとのことで、びっこを引いている。僕にはゆっくり歩くパートナーが出来たわけだ。ポースカーノなどの南海岸に比べると、海岸の崖の傾斜はゆるい。芝で覆われた斜面には、ここでも色とりどりの花が咲いている。よく整備された遊歩道を一時間ほど歩いて、そこで弁当にする。青い海に、白い三角形の帆を立てたヨットが浮かんでいる。
昼食の後、もう少し先まで歩くというスミレと別れ、妻と僕、ミドリはセント・アイヴスへの道を戻る。何度も花のきれいな場所で立ち止まり、花を愛でる。砂浜まで戻り、そこでスミレを待つことに。砂浜の背後は、テート美術館。二十数年前、そこのバルコニーで、まさにこの砂浜と海を見ながら、RさんとMさんと一緒に居たことを思い浮かべる。一時間ほどして、スミレが戻って来た。またおなかが空いたと言って、サンドイッチを食べ始めた。
「ギャア!」
という声。一匹のカモメが、スミレが手に持っているサンドイッチを、奪っていったのだった。「カモメおそるべし」なのである。
「ちょっと泳いでくる。」
どこでも泳ぐミドリがまたその気になっている。彼女は、近くのトイレで水着に着替え、砂浜を波打ち際に向かって歩き出した。波打ち際は岩があり、歩きにくそうだったが、何とかそこを通過し、沖に向かって泳ぎ出した。妻と僕は、海に浮かぶミドリの頭を見ていた。
「あれ何かしら。」
妻が言う。黒い頭が、ミドリの方へ向かって泳いでいる。「犬かな」と思ったが、それにしては頭が海の中に隠れている時間が長い。それはアザラシだった。
水から上がって来たミドリが、
「わたし、アザラシと一緒に泳いだ!」
と得意げに言った。アザラシと泳いだことは、ミドリの、今回コーンウォールでの出来事の、ナンバーワンだったという。
どうも、どのカモメも目つきが悪いような気が。