入道雲
午前中、アルバニアの山々上に、雲が出来始める。
上の娘のミドリは、以前のエッセーにも何度か書いたが、「スイミングフリーク」である。英国にいるときは、月曜日から金曜日まで、毎朝欠かさず一マイル(千六百メートル)泳いでいる。つまり、一週間で八キロ。そして、彼女は、海を見たら泳がないではおられない性格なのだ。これまで、ブライトンで四月の大西洋に飛びこんだり、コーウォールでアザラシと一緒に泳いだりしている。今回も、水がまだ冷たくて、僕には十分も入っていられない海に、気持ちよく長い間浸かっている。何故、ミドリが「水の申し子」になったのか、下の娘、スミレの説明があった。
「お姉ちゃんが産まれるとき、ママがプールにいたからよ。」
正確に言うと、妻はミドリが産まれた日、午後五時ごろまで、ドイツ・マーブルクの屋外プールで泳いでいた。その後、直ぐに陣痛が始まり、ミドリは午後八時ごろに産まれたのであった。
実際、ミドリは赤ん坊の時から、水を全く怖がらなかった。まだ歩けない頃、つまり、ゼロ歳児のとき、プールの飛び込み台にひとりでよじ登り、そこから飛び込んで遊んでいた。
「いないいないばあ〜」
赤ん坊のミドリにプールでよくやった。「いないいない」のときにミドリを完全に水の中に沈める。持上げて顔が出た所で「ばあ〜」をする。ミドリは「キャッ、キャッ」と笑っていた。その時のミドリは、三十年過ぎた今も変わっていない。
夕方の六時から七時の間は、プールサイドでビールを飲みながらポーカーの時間。最初は、ミドリと僕で、妻を「カモ」にしていた。そのうち、だんだんと妻も慣れてきて、作戦を考えるようになった。最後の数日は、妻が勝ち、僕が破産したこともあった。
午後になると、アルバニアの山々の上空には、入道雲がモクモクと立ち上る。
「なかなか雄大な景色やなあ。」
僕はそれを見ているのが好きだった。入道雲を見ていると、最初は本当に「大入道」のように垂直に伸びていく。そして、てっぺんがある程度の高さに達すると、そこから横に伸び始める。その頃になると、雲の真下に雨のカーテンが見える。不思議なことに、その雲や雨が、海峡を越えて、コルフ島の方にやって来ることはなかった。一度、夕方にポーカーをやっているとき、ポツポツと雨が降り出したことがあったが、それも十分ほど。滞在中、雨に降られるということはなかった。
ミドリと入道雲を見ていて、
「何の動物に見える?」
という話をよくした。子供同士でよくはやるかも知れないが、大人になってから、雲の形から動物を想像するなんて、あまりやらないよね。
「たまには、こんなことをするほど、心に余裕があるのも、いいことかも。」
雲は午後になると、雄大な積乱雲に発達する。