広い家の秘密
散歩はドイツ人の最大のレジャー。
翌朝七時半頃からまたひとりで散歩する。本当に、自分でも散歩の好きな人間だと思う。本当はジョギングができたら最高なのだが、それができなければせめて散歩でも。
本当に野生の花が美しい。これなら「谷間の百合」のフェリックスが花束を作れるはずだ。途中でスキーのストックのような杖を両手に持った老婆に会う。彼女と話しながらしばらく歩く。
朝食の後、ジギがこの家の過去の写真を見せてくれた。この家、昔は陶芸のアトリエだったいう。昔の写真と設計図によると、現在のリビングルームはかつての作業場で、彼等の寝室のある辺りには大きな釜があった。これで、このだだっ広いリビングの謎が解けた。ここで昔は何人かの職人たちがロクロを回していたのだった。マーゴットとジギは古い陶芸工場を買い取った後、何年もかけて改装工事をして(大部分は自分たちの手で!)今のようにしたのだという。
今日は、昼前にここを発って、メングラに向かう予定にしていた。それまでまた一時間ピアノの練習をする。
十一頃にジギとマーゴットに別れを告げ、一昨日来た道を戻る。今日は真っ直ぐ戻らず、途中、ジーゲンという街に寄る。ここもマーブルクと同じく大学があり丘の上に城のある街だ。マーブルクでは木組みの家が多かったが、ここの家は黒いスレート張りの建物。何となく陰鬱な感じがする。マーブルクの方が数段良い。
旧市街の小さな噴水の横で休んでいると、隣で僕と同じくらいの年齢の女性も座っている。ご主人の誕生日に「ハンググライダー」のレッスンをプレゼントして、ご主人は今この近くで、「飛んで」いるはずだという。
四時頃にメングラのいつものホテルに戻る。そろそろ日本食、醤油味のものが食べたいところだ。しかし、そのためにはまた車を運転してデュッセルドルフまで三十分ほど走らねばならない。面倒臭い。結局またまたいつものヴィックラートの中華料理店に行きそこで夕食を食べる。夕食後腹ごなしにヴィックラート城の中を散歩する。ウサギを眺めている男がいる。
マーゴットの家に背広の上着を忘れてきたことに気付く。早速電話すると、マーゴットが出た。
「上着、送ろうか。」
とマーゴットが言う。
「いいよ、次に行くときまで置いておいて。これで、またそちらにお邪魔する良い『口実』ができたというもんだ。今度はマユミと一緒に行くから。」
週末、三日間のお休み。その間ずっと話し相手がいたことはよかったと思う。今回は父のこともあったので、もし独りでいたら精神的に落ち込んでいたような気がする。また三日間でも、ピアノの練習ができたのはよかった。キーボードで練習するのと、本当のピアノで練習するのはやはり全然違う。
麦畑の中に忽然と立つ、マーゴットとジギの家。