北京烤鸭
ここが何の店か、分からな人は誰もいない。
英国を発つ前、旅行案内書「ロンリー・プラネット」の北京編を買った。日本語の「地球の歩き方」の英語版というところかな。その中で、「北京で見なくちゃいけないところ、しなくちゃいけないこと、ベストテン」が書いてあった。一番が「万里の長城」、二番が「故宮」、三番が「天安門広場」、その後「頤和園」、そして「北京ダック」があった。僕たちは、わずか二日半の滞在の間に、この五つを体験したわけで、周到な計画を、手際良く実行してくれた、ゾーイに礼を言わねばならない。
「北京へ行ったら、北京ダックを食べなきゃ。美味しいわよ。」
と一度北を訪れたスミレがずっと言っていた。北京での第一日目、故宮観光の後、北京ダック専門店に行ったが、ちょうど昼食と夕食の間の時間帯で閉まっていた。それで、北京ダックはその日の夕食まで持ち越された。
故宮観光を終えて「火鍋」で遅い昼食をとった後、僕たちはホテル「新国贸饭店」に入った。高層ビルの立ち並ぶ、貿易センターの一角、近代的なホテルである。九階の部屋の窓からは、高層ビルの群れと、延々と続く車のライトが見えた。妻と娘は、プールへ泳ぎに行き、僕は、人混みにもまれて、ちょっと疲れていたので、横になった。
「大都会では、周りの人を無視して、自分の前だけ見て歩かねばならない。」
と聞いたことがある。しかし、田舎者の僕は、周囲の人、特に若い女性だと、ついつい目で追ってしまう。それでキョロキョロしているうちに、倍疲れるのである。
皆、一風呂浴びてすっきりしたよう。八時ごろに夕食に出かける。ワタルの会社の北京支店があるビルの中のレストラン。例によって、ワタルもゾーイも、
「ええっ、そんなに沢山頼んで食べられるの?」
と心配するくらいの料理を注文している。「多目に注文して、少し残す」それが、中国のエチケットだという。
「皿に盛られたものは全部食べなさい。」
と、父に結構厳しく躾けられた僕には、何となく抵抗がある。
前菜で「鴨の舌」というのが出てきた。殆ど骨で、舌の先のゼラチン質の部分を食べる。一センチくらいのものだが、ピータンの白身のような味と食感だった。
最後の方になって、いよいよ、「トリ」が、本場の「北京烤鸭(ベイジンカオヤ)」が登場した。もちろん、北京ダックを食べるのは初めてではない。僕は鴨肉が好きなので、英国でも良く注文するメニューなのだ。コンガリ焼かれ、表面がテカテカと光った鴨が乗った台車を、ナイフを持った料理人が押してくる。そして、僕らの前で切り分けてくれる。
「ええっ、それ、捨てちゃうの?」
本当に良い所だけを取り、結構多くの部分が捨てられてしまう。カリカリした皮は砂糖をつけて食べる。肉はもちろん、野菜と一緒にパンケーキ(薄餅)に巻いて食べる。
「う〜ん、さすが本場の味!」
沢山の部分が捨てられるのに、右側の頭は供される。カリカリして美味しかった。